Published 02 Nov 2025

創業者の突然の離脱…エンジェル投資の人的リスク対策

創業者の突然の離脱…エンジェル投資の人的リスク対策

創業初期のスタートアップにおいて創業者の突然の離脱は、事業の停滞、チームの崩壊、最悪の場合は投資の全損に直結する最大級のリスクです。

エンジェル投資は、未来のユニコーン企業を発掘し、その成長を初期段階から支援できる魅力的な投資手法です。


しかし、その成功は事業計画や市場規模だけでなく、創業者という「人」に大きく依存するという、他の投資にはない特徴を持っています。


特に、創業初期のスタートアップにおいて創業者の突然の離脱は、事業の停滞、チームの崩壊、最悪の場合は投資の全損に直結する最大級のリスクです。


本記事では、エンジェル投資家が直面するこの「人的リスク」に焦点を当て、その原因から具体的な対策、そして万が一の事態が発生した際の対処法までを網羅的に解説します。


この記事を読むことで、エンジェル投資の成功確率を格段に高めるための実践的な知識を得ることができるでしょう。

第1章:なぜ創業者の離脱はエンジェル投資における最大のリスクなのか?

スタートアップ、特にシード期の企業にとって、創業者(特にCEO)は単なる経営者ではありません。


ビジョンの体現者であり、プロダクト開発の中心であり、資金調達の顔であり、そしてチームを牽引するエンジンそのものです。


この段階では、事業=創業者と言っても過言ではなく、投資家はその事業内容以上に、創業者の情熱、能力、そしてコミットメントに投資しているのです。


創業者の離脱が引き起こす具体的な悪影響は計り知れません。


  • 事業の停滞・頓挫:創業者が持つ独自のアイデアや技術、人脈が失われ、事業計画の遂行が困難になります。

  • チームの崩壊:創業者を信頼して集まったメンバーのモチベーションが低下し、連鎖的な離職を引き起こす可能性があります。

  • 資金調達の困難化:中核人物の不在は、次のラウンドでの資金調達において致命的なマイナス評価につながります。

  • 投資価値の毀損:事業が停滞すれば、当然ながら投資家が保有する株式の価値は大きく損なわれます。





スタートアップの失敗要因の多くは、プロダクトや市場の問題だけでなく、創業者チーム内の不和といった人的要因にあるという調査結果も数多く存在します。


エンジェル投資家にとって、このリスクをいかに事前に見抜き対策を講じるかが投資の成否を分けるのです。

第2章:創業者離脱の引き金となる5つの主な原因

創業者の離脱は、決して他人事ではありません。


その背景には、スタートアップ特有の過酷な環境生み出す様々な要因が存在します。


投資家はこれらの原因を理解することで、リスクの兆候を早期に察知することができます。

1. 共同創業者間の対立

スタートアップの現場では、共同創業者間の意見の対立は日常茶飯事です。


当初は同じビジョンを共有していても、事業が進むにつれて方向性役割分担利益配分などで深刻な亀裂が生じることがあります。 


特に、株式の比率が均等な場合、意見が対立した際にデッドロックに陥りやすく、一方が会社を去るという決断に至るケースは少なくありません。

2. モチベーションの低下(燃え尽き症候群)

スタートアップの経営は、精神的にも肉体的にも極度のプレッシャーがかかります。 


長い赤字期間、終わりの見えないハードワーク、資金繰りの不安などが続くと、創業者の情熱が尽き果て、モチベーションを失ってしまうことがあります。 


これが、いわゆる「燃え尽き症候群」です。

3. プライベートな問題

創業者も一人の人間です。


自身の健康問題家族の事情(介護、パートナーとの関係など)が原因で、事業の継続を断念せざるを得ない状況に陥ることもあります。


特にメンタルヘルスの問題は、外部からは見えにくいため注意が必要です。

4. より魅力的な機会の出現

事業が思うように進まない中で、他社から好条件での引き抜きの話があったり、あるいは全く新しい有望な事業アイデアを思いついたりした場合、現在の事業を放棄してしまう可能性があります。

5. 経営能力の限界とプレッシャー

事業が成長し、組織が拡大するフェーズにおいて、創業当初に求められたスキル組織をマネジメントするスキルギャップが生まれることがあります。 


自身の能力不足を感じ、プレッシャーに耐えきれずに自ら身を引くというケースも見られます。


第3章:【投資前】デューデリジェンスで見抜く!人的リスクの兆候

エンジェル投資において、人的リスクを100%回避することは不可能です。


しかし、投資前のデューデリジェンス(DD)の精度を高めることで、そのリスクを大幅に低減させることは可能です。


事業計画書の数字を精査するのと同じくらい、あるいはそれ以上に「人」を見極めることが重要です。

人的デューデリジェンス・チェックリスト

以下のチェックリストを参考に、創業者および創業チームを多角的に評価しましょう。


チェック項目

確認すべきポイント

質問例

1. 創業者のパッションと

コミットメント

・なぜこの事業なのか?

・原体験は? 

・困難を乗り越えられるだけの強い意志があるか。

・長期的なビジョンとそれに対する覚悟があるか。

・「なぜ、他の誰でもなく、あなたがこの事業をやる必要があるのですか?」

・「もし5年間、全く収益が上がらなくてもこの事業を続けますか?その理由は何ですか?」

・「この事業を通じて、最終的に何を成し遂げたいですか?」

2. 共同創業者間の関係性

・彼らはどのように出会ったのか? 

・過去に一緒に何かを成し遂げた経験はあるか? 

・役割分担と責任範囲は明確か? 

・意見が対立した際に、どのように解決してきたか?

・「お二人の出会いと、一緒に起業するに至った経緯を教えてください。」

・「過去に意見が激しく衝突した経験はありますか?その時、どうやって乗り越えましたか?」

・「最終的な意思決定は、どちらがどのようなプロセスで行うルールになっていますか?」

3. 過去の実績と経験

・成功体験だけでなく、失敗体験から何を学んだか。

 ・逆境に対する耐性(レジリエンス)があるか。 

・専門分野における深い知見や経験があるか。

・「これまでのキャリアで最大の失敗は何ですか?その経験から何を学び、今にどう活かされていますか?」

・「もし明日、最大の競合が現れたらどうしますか?」

4. 自己認識と学習意欲

・自身の強みと弱みを客観的に理解しているか。 

・投資家やメンターからのフィードバックを素直に受け入れる姿勢があるか。

 ・常に学び続け、自身をアップデートする意欲があるか。

・「あなたの経営者としての最大の弱点は何だと思いますか?」

・「最近、ご自身の考え方が間違っていたと気づいた経験はありますか?」

5. リファレンスチェック

・過去の同僚、上司、部下からの評判はどうか。 

・信頼性、リーダーシップ、人間性について確認する。 ・必ず複数の関係者から情報を得る。

・(リファレンス先に対して)「〇〇さんの強みと、改善すべき点をそれぞれ教えてください。」

・「ストレスがかかる状況で、彼はどのように振る舞いますか?」

・「もう一度、彼と一緒に働きたいと思いますか?その理由も教えてください。」

リファレンスチェックの重要性

特に重要なのがリファレンスチェックです。


創業者自身の言葉だけでなく、第三者からの客観的な評価を得ることで、人物像をより深く理解できます。


可能であれば、創業者から提示されたリスト以外の人物にも話を聞くことが望ましいでしょう。


第4章:【投資後】契約と関与で固める!創業者離脱への具体的な対策

デューデリジェンスを尽くしても、リスクをゼロにすることはできません。


そこで重要になるのが、投資後のリスクマネジメントです。


これには「契約による縛り」「投資家としての積極的な関与」の二つの側面があります。

1. 投資契約書でリスクをヘッジする

投資契約書は、万が一の事態に備えた保険です。


特に以下の条項は、創業者の安易な離脱を防ぎ、投資家のリスクを低減させるために極めて重要です。


条項名

概要と目的

一般的な設定例

リバース・ベスティング

(Reverse Vesting)

創業者が保有する株式を、一定の期間をかけて徐々に確定させていく仕組み。

期間満了前に離脱した場合、未確定分の株式は会社や他の株主が安価で買い取ることができる。 

目的:創業者の早期離脱を防ぎ、企業価値向上へのコミットメントを確保する。

期間:4年間

クリフ(Cliff):最初の1年間は権利が全く確定しない。1年経過時点で25%が確定。

その後:残りの期間(3年間)、毎月または四半期ごとに均等に権利が確定していく。

キーマン条項 

(Keyman Clause)

CEOなど、事業の成功に不可欠な特定の重要人物(キーマン)が経営から離脱した場合に、投資家が株式の売却を要求(コールオプション)したり、あるいは共に株式を売却(タグアロング)したりできる権利を定める。 

目的: 中核人材の離脱による事業価値の毀損から投資家を保護する。

・キーマンが死亡、後遺障害、または本人の意思で常勤の取締役でなくなった場合に発動。

・投資家は、保有株式を他の株主や会社に公正な価格で買い取るよう請求できる。

競業避止義務条項

創業者が会社を離れた後、一定期間、競合する事業を立ち上げたり、競合他社に転職したりすることを禁止する。

目的: 会社のノウハウや顧客情報が、競合に流出することを防ぐ。

期間:退任後1〜2年程度

範囲:事業内容や地域を合理的な範囲に限定する必要がある。

勧誘禁止義務条項 (Non-solicitation)

創業者が退任後、会社の従業員や役員を引き抜いたり、取引先に働きかけたりすることを禁止する。 

目的: チームの崩壊や事業基盤の毀損を防ぐ。

期間:退任後1〜2年程度



これらの条項は、創業者にとっては厳しい制約に感じられるかもしれません。


しかし、エンジェル投資家が貴重な資金とリソースを投じる以上、相応のリスクヘッジを求めるのは当然の権利です。


契約交渉の際には、なぜこれらの条項が必要なのかを丁寧に説明し、創業者との間で健全な関係を築くことが重要です。

2. 投資家としての積極的な関与と支援

契約はあくまで防御策です。


より重要なのは、創業者が離脱したいと考えないような環境を共に作り上げることです。


エンジェル投資家は、単なる資金提供者(サイレントマジョリティ)ではなく、最も身近な相談相手メンター、そして応援団長であるべきです。


  • 定期的なコミュニケーション:月次での報告会や面談を設定し、事業の進捗だけでなく、創業者の悩みや課題にも耳を傾けましょう。

  • メンタリングと壁打ち:投資家自身の経験やネットワークを活かし、事業戦略や組織運営に関するアドバイスを行います。 経営者が抱える「孤独」を和らげることも重要な役割です。

  • 創業者チームの潤滑油となる:共同創業者間の関係性に気を配り、不和の兆候が見られた際には、第三者として間に入り、対話を促すことも時には必要です。

  • メンタルヘルスへの配慮: スタートアップ創業者のメンタルヘルス問題は深刻です。 プレッシャーをかけすぎず、時には休息を促すなど、長期的な視点でのサポートが求められます。最近では、投資家が創業者向けのセラピー費用を負担する動きも出てきています。



第5章:万が一、創業者が離脱してしまった場合の対処法

最善の策を尽くしても、創業者の離脱が起きてしまう可能性はあります。


その際は、パニックにならず、迅速かつ冷静に対処することが求められます。

ステップ1:状況の迅速かつ正確な把握

  • 離脱理由の確認:なぜ離脱に至ったのか、本人および残されたメンバーからヒアリングします。感情的な対立か、他に理由があるのかを正確に把握します。

  • 事業への影響評価:キーマンの離脱が、開発、営業、資金調達など、事業のどの部分にどれだけの影響を与えるかを分析します。

  • 残存チームの状況確認:残されたメンバーの士気はどうか。事業継続の意思はあるかを確認します。

ステップ2:残された経営陣との連携強化

残された共同創業者や経営メンバーと緊急でミーティングを行い、今後の対策を協議します。


投資家として、パニックを抑えチームの再結束を促すリーダーシップを発揮することが重要です。

ステップ3:後任者の確保

事業継続のために、後任者の確保が急務となります。


  • 内部昇格:残されたメンバーの中に、後任を担える人材がいないか検討します。

  • 外部からの招聘:投資家の人脈をフル活用し、外部から適切なCEO候補を探します。

  • 暫定的な役割分担:正式な後任が決まるまで、残されたメンバーでどのように役割を分担するかを明確にします。

ステップ4:他の投資家との連携

もし他にエンジェル投資家やVCが入っている場合は、速やかに情報を共有し、連携して対策にあたります。


足並みを揃えることで、残されたチームへのサポートを最大化し、混乱を最小限に抑えることができます。

ステップ5:事業計画の見直し

創業者の離脱により、当初の事業計画のまま進めることが困難になる場合があります。


状況によっては、事業のピボット(方向転換)一時的な規模の縮小も視野に入れ、現実的な計画へと見直す必要があります。

まとめ:エンジェル投資は「人」への投資

エンジェル投資の成功は、優れたビジネスモデルや巨大な市場と同じくらい、あるいはそれ以上に「創業者」という人間にかかっています。


創業者の突然の離脱という人的リスクは、投資の成否を根底から揺るがす最大の脅威です。


しかし、このリスクは、決してコントロール不可能なものではありません。


  • 投資前の徹底したデューデリジェンスで、リスクの兆候を嗅ぎ分ける。

  • 投資後の契約で、万が一の事態に備えたセーフティネットを張る。

  • 投資家としての積極的な関与で、創業者が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を支える。


これら投資「前」と「後」の両輪で対策を講じることで、リスクを最小限に抑え、リターンを最大化することが可能になります。


人的リスクを正しく理解し、それに対処するスキルこそが、これからの時代に成功するエンジェル投資家に求められる最も重要な資質と言えるでしょう。


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