Published 05 Jul 2021

【桂三輝】日本の落語と伝統を世界に届けるカナダ出身の日本人起業家

【桂三輝】日本の落語と伝統を世界に届けるカナダ出身の日本人起業家

日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。

彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。

「落語家」と「起業家」の肩書を持つ1人の日本人がいる。その名も、桂三輝。桂は、2008年に落語家として命名された後、ブロードウェイで落語の公演を実施するなど、国内外で目覚ましい活躍を見せている。桂は、「落語家」としての活躍の裏側で、「起業家」としてその活動を支えていた。そんな桂にインタビューを試みた。「Potlatch」の代表の小林大河にご紹介いただき、2021年6月にオンラインで実施。


(画像:桂。ブロードウェイにて)

桂三輝という男

桂は、スロべニア出身の明るい両親のもと、グレゴリー・ロビック(本名)として1970年にカナダのトロントで生まれた。幼少期から家の夕食会にゲストが訪れた際に芝居を作って大人たちを楽しませていたというほど、桂はパフォーマンスやコメディが好きな陽気な少年だった。

桂は高校を卒業した後、地元のトロント大学に入学した。トロント大学は、国内ナンバーワンであり、世界大学ランキングの上位にも名を連ねる世界的な名門一流大学だ。桂は、大学で古典ギリシャ・ローマを専攻した後、1994年、劇作家・作曲家としてミュージカル作品「Clouds」を制作し、トロントの劇場で15か月間のロングラン公演を果たした。カナダ人制作のミュージカルとしては最長記録を誇る。その後、古典ギリシャ喜劇をアレンジしたミュージカルを制作する中で、「古典ギリシャの喜劇・悲劇と日本の能楽・歌舞伎の共通点」に関する論文を読んで日本に関心を抱き、能楽と歌舞伎を勉強するためにワーキングホリデーを使って来日した。時は1999年、桂は29歳だった。

来日して3日にして、桂の心は日本に奪われていた。伝統と革新が交錯する東京の独特な町並みに圧倒された上、日本人の謙虚な人間関係にも惹かれたという。当時、GoogleやYouTubeのようなインターネットサービスはまだ存在していなかっため、日本に関する情報や映像は世界に行き渡っていなかったのだ。すっかり日本に魅了された桂は、当初予定していた半年間の滞在を延長し、日本に正式に移住する決意。

数年後のある日、行きつけの焼き鳥屋のマスターが、お店でお座敷に寄席を作って落語会を開いていた。桂は、この瞬間、「日本」や「古典」や「コメディ」などの自分の好きなものが全て詰まる「落語」というエンターテイメントにひと目で恋に落ちた。落語に出会った桂は、2007年、大阪芸術大学大学院の芸術研究科に入学し、創作落語の研究を開始。在学中の2018年、桂は、惚れ込んでいた桂文枝(六代)に弟子入りを果たした。桂は、師匠に「太陽(サンシャイン)のように、世界中を照らしなさい」という思いのもと「桂三輝(Katsura Sunshine)」と命名され、38歳にして落語家としての人生が新たに始まった。落語の約400年の歴史の中で100年ぶりとなる外国人落語家となった。

その後、桂は落語家として国内外で目覚ましい活躍を見せる。2013年、カナダ文化大使に就任し、アメリカとカナダを回る巡回公演を実施。2014年、7か国を回るワールドツアーを実施。2015年、日本スロベニア親善大使に就任。2017年、ロンドンとニューヨークの名高い劇場でロングラン公演を実施。そして、2019年から2020年にかけて、ニューヨークのオフブロードウェーでロングラン公演を実施し、オフブロードウェー版のトニー賞と言われる「10th Annual OBA Awards(第10回オフブロードウェー・アライアンス・アワード」の「Best Unique Theatrical Experience(最優秀ユニーク演劇体験)」にノミネートされ、ベスト4を記録した。

(画像:桂。ブロードウェイにて)

落語家と起業家

桂は、あまり知られていない話だが実は、上記の「落語家」としての活躍の裏側で「起業家」としてその活動を支えていた。桂は、ショービジネスとしての落語の可能性についてORICON NEWSのインタビューで以下のように語る。

「最初は大使館などで、日本文化のプレゼンテーションのような感じでやっていたのですが、どこにいってもウケるのでめちゃくちゃ可能性を感じました。もともとミュージカルの経験があったこともあって、落語をショービジネスとしてやりたいという思いが強くなっていきました」

2015年、桂は「ブロードウェイで落語をする」という目的を実現するため、自ら会社を立ち上げて資金調達に奔走した。いわゆる「スタートアップ」のようなイノベーションを目的にした経営形態ではないが、ブロードウェイでのショーには制作から宣伝までに膨大な費用がかかるため、外部から出資を募る必要があったのだ。従って、VCのようなプロのスタートアップ投資家ではなく、個人の投資家が、文化や芸能に関する自身の知見を広げたり、桂の夢を応援するために桂に出資をしている。実際に「出資するまで落語を見たことがなかった」と言う投資家が大半を占めるという。桂は現在(2021年6月)までに借入を含めて7500万円の資金を調達している。

株主は、Googleに務める幼少期からの親友を除いて、完全に日本人の投資家が占める。海外に進出する上で、現地の投資家から資金を戦略的に調達する方が一見良いようにも思える。しかし、日本人ではない桂が、日本の伝統文化を海外に展開する上で、日本人の投資家の存在が自身の信用になるのだという。グローバルでは、価値観が多様化する中で、「文化盗用」という概念と言葉が台頭しているのだ。アメリカの人気タレントのキム・カーダシアンが「KIMONO」という下着ブランドを発表したことで文化盗用の観点で日本のみならず世界中で炎上し、名前を改名するに至った事件も記憶に新しい。桂が「ニューヨーク・タイムズ」や「ニューヨーカー」などの現地のメディアから好評を博す背景としても、日本での下積や修行を経て大本の伝統を踏襲した上で、その価値を現地の言語で発信する桂が姿勢があるのだ。


(画像:ニューヨーク・タイムズ)

桂は現在、今後の展望として「ブロードウェイ」と「ネットフリックス」を挙げた上で、次のラウンドの資金調達に動いている。ブロードウェイに関しては、今年(2021年)の秋から動き出す。2020年、桂はブロードウェイで念願のロングラン公演を実施していたが、運悪く新型コロナウィルスの世界的な感染拡大と重なり、ブロードウェイの閉鎖に伴って休演を余儀なくされていた。ブロードウェイの再開と同時に、11月からロングラン公演を再上演する予定となっている。

ネットフリックスに関しては、オリジナル作品の作成に向けて入念な計画を練っている。近年、Netflixを中心に、スタンドアップコメディの番組の人気が世界的に高まっており、番組に出演したコメディアンは一躍グローバルスターとなって世界中の劇場でツアーを実施している。ジェリー・サインフェルドという著名なコメディアンは、Netflixの出演料だけで総額約100億円も稼いでいる。無名のコメディアンだったアリー・ウォンは、Netflixに出演したことで一気にスターダムにのし上がり、映画やTVに引っ張りだこの売れっ子になった。桂は、スタンドアップコメディならぬ「シットダウンコメディ」と称して、落語のオリジナル作品を制作し、次なる「Netflixドリーム」を目指している。桂は自身の夢について以下のように語る。

「ブロードウェイは、役者としてはゴールですが、プロデューサーとしてはステップです。落語が『RAKUGO』になることが私の夢です。ただ、落語だけではなく、日本には知られていない宝物がいっぱいあるんです。例えば、500年前からやっている人形浄瑠璃という伝統芸能があるのですが、一緒に海外公演をした時にお客様の反応を見て、ブロードウェイでやったら大ヒットだと思いました。日本の伝統のアンバサダーとして、少しでも日本の素晴らしいものを世界に広げるルートを作っていけたら嬉しいです。漫画やアニメのように、これからビジネスとして、どっかで勝負しなければいけないと思います。だから、ベンチャーとかスタートアップの世界がものすごく好きなんです。そういう気持ちで文化を世界に届けたいんです」

(画像:桂作成資料)

日本の伝統を世界へ

桂は、上記のショービジネスと並行して、より多くの日本の伝統文化の魅力を世界に届けるべく着々と動き始めている。自らオリジナルで制作・着用するほど和服に魅せられている桂は、海外の消費者と日本の生産者との間の溝に問題意識を抱いており、オリジナルブランドの開発や、着物や伝統に特化したECサイトの開発も構想している。

桂は、G20大阪サミットのMCや大阪万博のアンバサダーを務めるなど、日本の政府からもその功績が認められている。桂は日本の可能性について以下のように語る。

「和食、漫画、アニメ、ゲーム、柔道、空手、茶道、華道など、日本の文化は海外で人気になっていますが、これは一つの神様からのサインだと思います。『日本のもの、もっと持っていこうよ』っていう。寿司をきっかけに包丁に興味を持って来日したり、入口は何でもいいのですが、一回知ったらもっと深く知りたいと思うことが日本の魅力だと思います。今までの日本は『技術』に強みがあったと思うのですが、これからは『技術』と『文化』に可能性があると思います。サウジアラビアが『石油』を持っているように、日本には『文化』があります」

日本の落語と伝統を世界に届けるカナダ出身の日本人起業家、桂三輝。桂は、カナダ出身ながら、日本の落語と伝統を心から愛し、落語家として、起業家として、その魅力を世界に届けるために日々挑戦している。桂の陽気な人柄と堅固な信念が、日本の未来を照らしてくれるかもしれない。桂は日本の「サンシャイン」だ。

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