日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。
彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。
世界のイノベーションの震源地、シリコンバレー。スタートアップやテクノロジーに精通している者であれば一度は憧れる聖地である。GoogleやAppleもこの地から生まれた。そんなシリコンバレーの第一線で戦う日本人がいる。彼女の名は、高橋クロエ。
高橋は、「Cosme Hunt」を運営する会社の創業者およびCEOである。Cosme Huntは、日本の美容に関する情報や商品を「J-Beauty」として、アメリカを始めとする世界に届けるコミュニティ兼プラットフォームだ。日本のブランドとプライドを背負ってシリコンバレーから世界に挑む日本人起業家。そんな高橋にインタビューを試みた。「Remotehour」の代表の山田俊輔にご紹介いただき、2021年6月にオンラインで実施。
(画像:高橋)
高橋クロエ
高橋は1989年に横浜で生まれた。日系銀行員の家系の母親と、百姓の家系の父親のもと、親戚にも海外渡航経験のある人物がいなかったというほど、完全にドメスティックな環境で生まれ育ったという。もちろんのこと英語とも無縁だ。そのような環境の中で、ニュースやドラマを通して海外に対してある種「別世界」として強い憧れを抱いていた。「海外に触れる機会が少ない中でどうやったら海外に挑戦できるか、ずっとずっと考えていました」と高橋は言う。
奨学金を以て入学した日本大学では、経済やビジネスを学びながら「自分探し」に没頭していたという。意識を高く持っていた中で、日本の未来を不安視し、世界で活躍するためのスキルやキャリアを模索していた。念願のサンフランシスコとシリコンバレーを訪れた際も、世界中から人がお金が集まって世界中に向けてイノベーションが起きるという「世界のビジネスを動かす中心地」の活気に魅了されていた。その後、当時FacebookやInstagramが世界で台頭していた中でインターネットに関心を持ち、IT系のスタートアップのインターンを経て、サイバーエージェントの子会社に就職した。広告営業やスタートアップ支援に従事する中で「日本市場だけでなく、より広いマーケットで働きたい」という思いが募り、約1年間の勤務を経て会社を後にした。2014年のことだった。
同年、25歳の高橋はカナダに向かっていた。アメリカに比べてビザが取りやすく、日本人が多くて住みやすい上、憧れのサンフランシスコと近いことから、カナダのバンクーバーに高橋は魅力を感じた。現地につくや否や、高橋はサンフランシスコにある「Make School」に初の日本人として合格・入学した。Make Schoolとは、世界的アクセラレーター「Y Combinator」の卒業生が設立し、同社も出資するプログラミングブートキャンプだ。英語でのコミュニケーションや周りの優秀な生徒とのギャップにコンプレックスを感じる日々が続く中で、高橋は「デザイン力」に自身の強みを見出したことで自信が芽生え、メキメキと成長していった。
卒業後は、デザイナーとして独立し、デザイン会社を立ち上げ、日本とアメリカのスタートアップのUI/UXデザインやローカリゼーションに従事した。カナダでデザイナーとして日々奮闘する中で、本名の「まい」を控え、「クロエ」というイングリッシュネームを使い始めた。高橋の世界に挑む覚悟が垣間見える。
(画像:前列の一番右が高橋。現地にて)
サンフランシスコで起業
その後、現地で出会った中華系アメリカ人の男性と結婚し、約2年半のカナダでの生活を終えて、念願のサンフランシスコに移住した。2017年のことだった。日本を飛び出して数年に渡ってカナダとアメリカで生活する中で、高橋はある1つの悩みを抱えていた。現地での「スキンケア」だ。高橋は自身のnoteで以下のように振り返る。
「ことの始まりは25歳で技術者として大きな夢を抱きバンクーバーへ移住した時に、日常で使う化粧品やメイク用品の入手に非常に困った経験が始まりでした。初めは横浜に住んでいる母親に船便で送ってもらったり、日本帰国時にお気に入りの日本製品を買い込むなどしていましたが、日常の消耗スピードに追いつかずに、諦めてカナダ現地で販売されている化粧品を模索することにしました。ところが新しい環境で初めて見る知らないブランドたちに困惑。友達も少なく、ましてや様々な肌質やバックグラウンドを持つ人が暮らすバンクーバーで化粧品に関して相談できる相手は限られ、自分の肌のことを理解した上で商品を勧めてくれる店員に出会うことは、残念ながら一度もありませんでした。またテック業界やデザイナー仲間とキャッチアップをしながら、ついでに女子会などを開催して美容事情について情報交換をし楽しんでいましたが、話せば話すほど私と同じような悩みを持つ日本人留学生や駐在員、アジア人女性の存在を知ることになり、これは深刻な問題だと感じるようになりました」
2018年、以上の問題意識から高橋は「Cosme Hunt」を立ち上げた。
(画像:Cosme Huntウェブサイト)
Cosme Huntの誕生
Cosme Huntは、日本の美容に関する情報や商品をアメリカを始めとする世界に届けるコミュニティ兼プラットフォームだ。韓国の美容が世界で人気と認知を拡大する中で、高橋は、日本という自らのバックグランドに眠る価値に着目した。同年、同社はビューティーテック(美容×テクノロジー)に特化したアクセラレター「SVBeautyTech」を卒業した後、日米の投資家からエンジェルラウンドで資金調達を実施した。その後、GLOSSYやForbesを始めとする30以上のメディアに掲載、「INNOCOS Ventures」「SoGal Ventures Tokyo」に選出、「NYSCC」「IFSCC Italy(国際化粧品技術者会連盟)」に登壇するなど、アメリカにおけるJ-Beauty市場拡大の革新的な存在としてメディアからも注目されているという。2021年5月に実施したクラウドファンディングのプロジェクトの中で、Cosme Huntは以下のように思いを綴った。
「アメリカには多種多様な肌質の女性がいるにも関わらず、特に黄色人種向け(アジア人向け)のコスメの入手が困難。さらに、情報も少ないことに対して課題感を覚えた高橋は多様な悩みを持つ女性へ”高品質”で”安心”で世界的にも”評価の高い”日本ブランド=J-Beautyを紹介することで、同じ様な悩みを抱えた彼女たちをサポートできると確信し、海外の彼女たちへJ−Beautyという新しい選択肢を提供できるよう事業を展開してきました。我々の掲げるミッションは、大きく2つ。①世界中の女性を綺麗にしたい!黄色人種の肌をもつ女性にも、もっと自由な選択を。②日本の文化・素晴らしさを世界に発信。これらを掲げ、我々は日々コミュニティを運営しています」
同プロジェクトは最終的に目標金額の245%の調達に成功し、現在は投資家からも次のステージの資金を調達している(2021年6月現在)。今後の展望として高橋は、Cosme Huntのさらなる拡大に挑むとともに、日本と東洋の美容や医療が持つ「内面から事前に自然に綺麗にする」哲学をもって「世界一のブランド」を目指す。美容の業界で「世界一」を狙うため、今後5年や10年と事業に向き合った上で、あらゆるチャンスに対してオープンに検討していく姿勢であると高橋は言う。Cosme Huntの更なる展開も計画されているという。
(画像:左が高橋。現地にて)
世界中の女性のために
高橋は、幼少期からの海外に対する想いが耐えることなく、いつしか会社の経営者としてアメリカから世界一を目指すまでに至った。しかし、異国の地でのスタートアップの起業・経営は生半可なことではない。外国人としてアメリカで事業を営む上で、現地の人脈や知識が乏しい中、英語やビザはもちろんのこと、投資家やチームとのコミュニケーションなど、あらゆる苦労や苦悩に直面する。また、Cosme Hunt設立当初の2018年、日本人は、現地人や中国人と比べて起業家の絶対数も成功数も乏しく、コミュニティのネットワークやノウハウがまだまだ弱いため、ディスアドバンテージを多く抱えていた。その上、スタートアップの中ではまだまだ少数派に属する「女性」として、人一倍の苦労があったかもしれない。高橋は今後の人生を通して、自らの起業家・経営者としての経験を「女性発スタートアップ」や「女性向けイノベーション」に還元していきたいと言う。高橋は自身の人生の構想を以下のように語る。
「新しいアイデアやイノベーションがどんどん生まれるこの世界が素晴らしいと思っているので、ずっとスタートアップに関わっていたいです。今は起業家側にいますが、今度はサポートする側として自分の経験を活かしていきたいと思っています。実際に今も少額ですがエンジェル投資を始めたり、ファッション・ビューティーのスタートアップコミュニティをサポートしています。『自分がやるからこそ意味があること』をしたいと強く思うのでので、女性起業家やファッション・美容のような女性向け商品はまだまだ、メンターも投資家も少なく、教えてくれる人が少ないので、サポートしていきたいです。具体的にはフェムテック、ヘルステック、ビューティーテック、職場改善系サービスなど、女性向けのサービスやイノベーションが明らかに少ないので、そういったものが世の中にもっと増えたらいいなと。例えば、働く女性に直面する大きな課題の一つは、仕事・出産・育児の両立。出産のタイミングに新しいオプションを与えてくれる卵子凍結サービスのようなイノベーションは素晴らしいと思います。フェムテック分野で世界的に活動している女性起業家はアメリカに近年たくさん見られるようになりました。日本の女性も今後は日本国内だけでなく、海外市場へ飛び出していくチャンスかもしれません。どんどん世界に挑んでいって欲しいです」
「J-Beauty」で世界一を目指す日本人起業家、高橋クロエ。自国の歴史と文化に眠る「美」の可能性に目を付けた高橋は、その価値を日本を越えて世界中の女性に届けるため、日々シリコンバレーに挑んでいる。高橋は本気だ。