エンジェル税制とは、ベンチャー企業(スタートアップ企業)への投資を促進するために、1997年に創設された税制優遇制度です。
1. エンジェル税制とは?未来のユニコーン企業を育てるための投資家優遇制度
エンジェル税制とは、ベンチャー企業(スタートアップ企業)への投資を促進するために、1997年に創設された税制優遇制度です。
具体的には、一定の要件を満たすベンチャー企業に投資を行った個人投資家(エンジェル投資家)に対して、所得税の優遇措置が受けられる仕組みとなっています。
日本経済の活性化には、革新的な技術やアイデアを持つベンチャー企業の成長が不可欠です。
しかし、設立間もない企業は実績や信用力が乏しく、金融機関からの融資など、従来の資金調達方法では十分な資金を確保することが困難なケースが多くあります。
そこで、こうした将来性のあるベンチャー企業に個人投資家が資金を供給しやすくすることを目的に、エンジェル税制が導入されました。
投資家にとっては大きな節税メリットがあり、企業にとっては資金調達がしやすくなる、双方にとって魅力的な制度と言えるでしょう。
2. どれくらいお得?エンジェル税制の3つの優遇措置を徹底比較
エンジェル税制には、大きく分けて投資時点と株式売却時点の2つのタイミングで税制優遇が受けられます。
特に投資時点での優遇措置は3種類あり、投資家自身の状況に合わせて最も有利なものを選択することが重要です。
【投資時点】3つの優遇措置から選択可能
投資した年には、以下の3つの優遇措置の中から一つを選択して適用を受けることができます。
優遇措置A:所得が高い年に大きな節税効果
優遇措置Aは、ベンチャー企業への投資額から2,000円を引いた金額を、その年の総所得金額から控除できる制度です。
給与所得や事業所得など、所得が高い年に利用すると、所得税・住民税の負担を大きく軽減できる可能性があります。
<計算例>
総所得金額:1,200万円
エンジェル税制対象企業への投資額:300万円
この場合、控除額は「300万円 - 2,000円 = 299万8,000円」となります。
控除上限額は「総所得金額1,200万円 × 40% = 480万円」と「800万円」のいずれか低い方(この場合は480万円)なので、299万8,000円全額が所得から控除されます。
優遇措置B:株式売却益が出た年に有効
優遇措置Bは、ベンチャー企業への投資額の全額を、その年の他の株式(上場株式など)の売却によって得た利益(株式譲渡益)から控除できる制度です。
他の投資で大きな利益が出た年に利用すると、株式譲渡益にかかる税金を抑えることができます。
<計算例>
他の株式譲渡益:500万円
エンジェル税制対象企業への投資額:500万円
この場合、投資額500万円の全額を株式譲却益から控除できるため、この年の株式譲渡益は「500万円 - 500万円 = 0円」となり、課税されません。
プレシード・シード特例:大型投資にも対応する2023年度改正の目玉
2023年度の税制改正により、さらに強力な優遇措置として「プレシード・シード特例」が加わりました。
これは、設立5年未満の特に初期段階(プレシード期・シード期)にあるベンチャー企業への投資について、最大20億円まで非課税とするものです。
大きなリターンを狙うエンジェル投資家にとって、非常に魅力的な選択肢となります。
【株式売却時点】損失が出ても安心のセーフティーネット
エンジェル投資はハイリスク・ハイリターンな性質を持ちますが、万が一投資先企業が倒産したり、株式の価値が下がって売却損が出たりした場合にも、税制上の救済措置が用意されています。
譲渡損失の損益通算と繰越控除
未上場のベンチャー企業株式の売却によって生じた損失は、通常、他の上場株式などの譲渡益と相殺(損益通算)することはできません。しかし、エンジェル税制の対象株式であれば、その損失を他の株式譲渡益と通算できます。
さらに、その年に相殺しきれなかった損失は、翌年以降3年間にわたって繰り越し、将来の株式譲渡益から控除することが可能です。
3. 誰が、どの企業に投資すれば使える?エンジェル税制の適用要件
エンジェル税制の優遇措置を受けるためには、投資する「個人投資家」と、投資を受ける「企業」の双方が、それぞれ定められた要件を満たす必要があります。
投資家(あなた)が満たすべき要件
金銭の払込みにより、対象企業の株式を取得していること。
他人から株式を譲り受けた場合や、現物出資の場合は対象外です。
投資先企業が同族会社の場合、特定の株主グループに属していないこと。
これは、制度の濫用を防ぐための要件です。
投資先企業が満たすべき要件
対象となる企業は、特定の要件を満たす中小企業に限られます。
主な要件は以下の通りですが、設立年数や事業内容によってさらに細かい規定があるため、投資前に必ず確認が必要です。
4. 活用までの5ステップ!エンジェル税制の手続き完全ガイド
エンジェル税制を活用するためには、投資家と企業が連携し、期限内に所定の手続きを完了させる必要があります。
手続きは複雑に感じるかもしれませんが、流れを理解すればスムーズに進めることができます。
ステップ1:対象企業を探して投資する
まずは、エンジェル税制の対象となる企業を探すところから始まります。
探し方としては、以下のような方法が挙げられます。
株式投資型クラウドファンディング: 近年、エンジェル税制活用の主流となっている方法です。 FUNDINNO(ファンディーノ)やイークラウドなどのプラットフォームでは、多くのエンジェル税制対象案件が募集されており、少額から投資を始められます。ベンチャーキャピタル(VC)や知人からの紹介: 専門家や人脈を通じて、有望なスタートアップを紹介してもらう方法です。
マッチングイベントへの参加: スタートアップと投資家が出会うイベントに参加し、直接経営者と話をして投資先を見つける方法です。
ステップ2:企業が都道府県等に確認申請を行う
投資家からの払込みが完了した後、企業は本店所在地のある都道府県などに対して、エンジェル税制の要件を満たしていることの確認申請を行います。
投資家を募集する前に、企業が要件を満たしているか事前に確認を受けられる「事前確認制度」を利用するケースも増えています。
ステップ3:企業から投資家へ必要書類が交付される
都道府県などによる審査が完了すると、企業に「確認書」が交付されます。
その後、企業は投資家に対して、確定申告に必要となる以下の書類を交付します。
ステップ4:確定申告を行う(投資した年の翌年)
エンジェル税制の優遇措置を受けるには、投資した年の翌年に必ず確定申告を行う必要があります。
会社員などで普段は年末調整のみの方も、確定申告が必要になる点に注意しましょう。
確定申告の期間は、原則として毎年2月16日から3月15日までです。
ステップ5:必要書類を準備して税務署に提出
確定申告時には、申告書に加えて、企業から受け取った書類や自身で作成する書類を添付して税務署に提出します。
選択する優遇措置によって必要書類が異なるため、注意が必要です。
【主な必要書類一覧】
※上記は一例です。詳細は国税庁のウェブサイトや所轄の税務署にご確認ください。
なお、現在のところ、エンジェル税制に関する手続きはe-Tax(電子申告)に完全には対応していません。
申告自体はe-Taxで行い、添付書類を別途郵送または持参する方法が一般的です。
5. 知っておきたいデメリットと注意点
エンジェル税制は非常に魅力的な制度ですが、活用する上ではいくつかのデメリットや注意点も理解しておく必要があります。
投資自体のリスクが高い: 投資先は成長途上のベンチャー企業であるため、事業が計画通りに進まず、最悪の場合、投資資金を全額失う可能性もあります。「節税メリット<投資損失」となるケースも少なくありません。
手続きが煩雑: 上記の通り、企業側・投資家側双方で多くの書類準備や申請手続きが必要となり、負担に感じる場合があります。 期限に遅れたり書類に不備があったりすると、優遇措置が受けられなくなる可能性もあります。
株式の流動性が低い: 投資先は未上場企業であるため、投資した株式は上場株式のように市場で自由に売買することができません。資金を回収できるのは、その企業がIPO(新規株式公開)やM&A(合併・買収)に至った場合などに限られます。
税優遇措置の限界: 所得控除には上限額が設けられており、必ずしも投資額のすべてが控除対象になるわけではありません。
6. 【2023年度税制改正】エンジェル税制はさらに使いやすく進化
政府はスタートアップ育成を重要な政策課題と位置づけており、エンジェル税制も時代に合わせて拡充・改正が続けられています。
2023年度(令和5年度)の税制改正では、特に大きな変更がありました。
プレシード・シード期のスタートアップへの投資に対する非課税枠の創設: 前述の通り、創業初期の企業への再投資について、最大20億円の非課税枠が設けられました。これにより、事業売却などで大きな利益を得た起業家や投資家が、次のスタートアップへ再投資しやすくなることが期待されます。
ストックオプション税制の拡充: スタートアップが優秀な人材を確保しやすくするため、ストックオプションの権利行使期間が延長されるなど、関連制度も併せて強化されています。
今後も、手続きの簡素化など、投資家がよりエンジェル税制を活用しやすくなるような改正が検討されています。
7. エンジェル税制に関するQ&A
Q1. 複数の企業に投資した場合、すべての投資でエンジェル税制を使えますか?
A1. はい、可能です。
投資した企業それぞれがエンジェル税制の要件を満たしていれば、複数の投資について優遇措置を受けることができます。
ただし、確定申告の際は、企業ごとに必要書類を作成・添付する必要があります。
また、優遇措置AとBを案件ごとに使い分けることも可能です。
Q2. NISAやiDeCoとの併用は可能ですか?
A2. はい、併用可能です。
NISAやiDeCoは、それぞれ別の税制優遇制度であり、エンジェル税制と目的や対象が異なります。
資産形成のポートフォリオにおいて、安定的な運用を目指すNISAやiDeCoと、ハイリスク・ハイリターンを狙うエンジェル投資を組み合わせることは、有効な戦略の一つと言えるでしょう。
Q3. 投資した企業が倒産してしまった場合はどうなりますか?
A3. 投資した企業が破産手続開始の決定などを受け、株式の価値がなくなった場合、その損失を「特定投資株式に係る譲渡損失」として、その年の他の株式譲渡益と損益通算することができます。通算しきれない損失は、翌年以降3年間の繰越控除が可能です。
Q4. いつまでに手続きをすれば確定申告に間に合いますか?
A4. 企業側の都道府県への申請は、例年11月から3月にかけて集中します。
申請書類に不備があると修正に時間がかかり、確定申告の期限に間に合わなくなる可能性があります。
多くの企業では、修正に2ヶ月以上かかるケースもあるため、投資家としては、投資先企業が早めに申請手続きを進めているか確認しておくと安心です。
8. まとめ
エンジェル税制は、将来性豊かなベンチャー企業を支援しながら、自身の税負担を軽減できる非常に強力な制度です。手続きの煩雑さや投資自体のリスクはありますが、その仕組みを正しく理解し、活用することで、大きなメリットを享受できる可能性があります。
特に、株式投資型クラウドファンディングの普及により、個人投資家がエンジェル投資に挑戦するハードルは以前よりも格段に下がっています。
この記事を参考に、未来のGAFAやユニコーン企業を発掘・育成するエンジェル投資家としての一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。