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【玉井和佐】デザインで世界に挑む日本人起業家

【玉井和佐】デザインで世界に挑む日本人起業家

2021.07.28

日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。

彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。

世界のイノベーションの震源地、シリコンバレー。スタートアップやテクノロジーに精通している者であれば一度は憧れる聖地である。GoogleやAppleもこの地から生まれた。そんなシリコンバレーに挑む日本人がいる。彼の名は、玉井和佐

玉井は、「Zypsy」を運営する会社の共同創業者およびCEOである。Zypsyは、アメリカのサンフランシスコを拠点に活動する、スタートアップに特化したデザインチームだ。玉井は、国内外でキャリアを歩んだ後、2018年に同社を創業し、現在までにシリコンバレーで世界に挑戦し続けている。そんな玉井にインタビューを試みた。「Potlatch」の代表の小林大河にご紹介いただき、2021年7月にオンラインで実施。

玉井和佐という男

玉井は、1990年にアメリカのシアトルで生まれた。英語の教師を務めていた玉井の両親が、教師の交換留学のプログラムでシアトルに滞在していた時のことだった。玉井は、生まれて間もなく兵庫県神戸市の実家に戻ったため、「アメリカに対して憧れを持ちながら育った」と言う。その後、2009年に関西学院大学に入学し、在学中に、マサチューセッツ大学アマースト校(UMass Amherst)に1年間交換留学。大学卒業後、日本で就職せずにサンフランシスコに飛び、食品関係の商社の営業職としてキャリアをスタートさせた。スタートアップのスの字も知らなった玉井は、内定をもらった際に当社から「全米25都市あるけど、どこで働きたい?」と聞かれ、憧れを抱いていた先の「カリフォルニア」と答えた結果、玉井にとっての全ての始まりの「サンフランシスコ」に辿り着いた。

玉井は、食品の営業マンとして、トラックを運転して、米や醤油樽を担いで、最先端のテクノロジー企業のレストランに食品を届けていた。しかし、スタートアップやテクノロジーに従事する人々と触れ合う中でインスパイアされ、「自分も何者かにならなければ」という想いから会社を後にした。玉井は、ちょうどそのタイミングでアメリカに支社を立ち上げていたメルカリにインターンとして見事採用され、スタートアップの人生を歩み始めた。

日本のメルカリが、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業を拡大していた中で、メルカリUSは、メンバーが3、4人、オフィスがコワーキングという、ゼロからのスタートだった。そんな中で、玉井は、オフィス探し、ユーザーインタビュー、資料整理、採用のサポートなど、ありとあらゆる業務に邁進した。メルカリUSが並ならぬスピードで急成長し、豊富な資金や優秀な人材が舞い込んで来る中で、玉井は自身の無力さを痛感し、「プロダクトを勉強したい」という思いからインターンを辞め、「Tradecraft」というプログラムに応募・合格し、「グロースマーケティング」と「プロダクトデザイン」を学んだ。


(画像:玉井。Tradecraftにて)

「最初は全くデザインに関心がなかったのですが、グロースマーケティングを学ぶ中で、アーリーステージのスタートアップがPMF(Product Market Fit)を達成するのに、プロダクトを生み出せない限り、何も始まらない、何も伸ばせないと思い、デザインに関心を持つようになりました」

Zypsyの誕生

玉井は当プログラムを卒業後、培ったマーケティングとデザインの知識と経験をもとに、起業を試みた。玉井は、「香水のサブスクリプション」など事業を二転三転する中で、デザインやコピーでファンの心を掴むD2Cブランドを生み出すデザインエージェンシー(ブランドスタジオ)の「Red Antler」に対して強く魅力を感じていた。その後、玉井は「世界中のフリーランサーからデザインチームを作る」を構想し、起業家の高橋クロエの紹介で出会ったUIエンジニア・デザイナーの橋本和宏と課題意識と目的意識が一致したため、彼と共同でデザインエージェンシーの「Zypsy」を立ち上げた。2018年4月のことだった。

(画像:Zypsy)

Zypsyの立ち上げの背景には、1人の恩人の存在がいた。「Kiyo」こと小林清剛だ。連続起業家として知られる小林は、自身の会社をKDDIに15億円で売却した後、サンフランシスコに拠点を移して世界に挑みながら、Anyplace代表の内藤聡らとともに、ネットワークやノウハウを蓄積・共有する日本人起業家コミュニティを現地で育んでいた。事業を模索する中で苦しんでいた玉井にとって、小林のアドバイスやメンタリングが事業面でも精神面でも強い支えになっていた。

Zypsyは、立ち上げ当初、安価に融通が効くという価値に対して顧客(トラクション)は付いたものの、プロジェクトベースの単発的な案件が多く、マネージャーもデザイナーもやりたいこととのギャップから疲弊していった。その後、自分たちのやりたいことを見直した結果、「スタートアップが大好きで、起業家の役に立つことがしたい」という思いに辿り着き、「アーリステージのスタートアップのためのデザインチーム」という形に方向を転換した。玉井は、方向転換の背景を以下のように語る。

「マクロの視点で見た時に、スタートアップは90%死ぬんですよ。2つ理由があります。まず第1に、アーリーであればあるほど、優秀なタレントが雇えない。第2に、優秀なファウンダーがいて優秀なプロダクトを持っていても、自分たちのプロダクトがなぜあって、なぜ選ばれるかを世の中に伝えることができていない。その上で、デザインって1つのスキルセットではないんですね。フェーズややりたいことによって、多岐に渡るんです。ストラテジーだったり、UXだったり、グラフィックだったり、ユーザーリサーチだったり、差別化するための戦略を考える人もいれば、作ったプロダクトを実装する人もいる。なので、アーリーステージのスタートアップがプロダクトを作って広げるためには、優秀な人材が沢山必要なんです。だからもっとアーリーステージのスタートアップに、優秀なデザイナーやエンジニアが集まる仕組みや関わる環境を作らなければならないと思って、最初はインハウスの従業員のような形で内製化したデザインチームとしてサポートする体制が始まりました。現状のソリューションとして、フリーランサーを雇うか、エージェンシーを雇うか、インハウスでフルタイムを雇うかの3つしかないんです」

スタートアップ側としては、特定のデザイナーのデザインスキルに依存する必要がないため、幅広い専門性と柔軟性を持ったZypsyは有り難い存在なのだ。玉井の方針転換は功を奏し、その後、名門VCの「Sequoia Capital」をはじめ、世界のイノベーションを牽引する名だたるVCやアクセラレーターとパートナーシップを結び、彼らのポートフォリオ(投資先のスタートアップ)のサポートをするにまで至った。Zypsyは、サポートするスタートアップの成長に伴ってチームも同時に拡大するため、サポート先と長期で共に成長することが可能になった。現在、計40名ほどのチームで、20社以上のスタートアップをサポートしている。

「成功の再現性」を作る

Zypsyは、事業として既に黒字化しているが、今年(2021年)からリスクを取って本格的に資金調達を実施して大きく動き出す予定だ。玉井は3つのフェーズで事業を構想しているという。第1に、前述のデザインチーム事業。第2に、スタートアップに対して株式と引き換えにデザインやプロダクトのサポートをするデザインキャピタル事業。最後に、スタートアップを自ら生み出すスタートアップスタジオ事業。Zypsyは、既に第2第3フェーズを歩み始めており、実際に成果が出ている。玉井にZypsyの今後の展望を聞いた。

「シリコンバレーのエコシステム全体を見ると、投資家は沢山いるのですが、オペレーターは少ないんです。投資家側のパターンはできているのですが、実際にプロダクトを作って伸ばすオペレーター側においてまだまだタレント的にもシステム的にも課題があるので、オペレーターとして成功させるチームになりたい。プロダクト、チーム、トラクション、インサイトの4つがスタートアップが評価される重要な要素なのですが、僕たちが培ったブランドや経験を活用してスタートアップに労働力を投資することで、『Zypsyがいれば、シリーズAは突破できる』と言われるような所まで持っていきたいです。『成功の再現性』は、やったことがあるかどうかが答えだと思うんですよね。ミッションとしても『One Billion Delta』を掲げています。Zypsyが関わる前と後で、ワンビリオン(約一千億円)の価値の変化量を生み出す『成功の再現性』を作っていきたい」

玉井は、Zypsyを通して様々な事業を展開・構想しているが、一貫してデザイナー・エンジニアとスタートアップの双方の成長や成功に全力で向き合い続けている。玉井が持つ「人助け」の精神が、現在までに続く事業の原動力になっているのかもしれない。最後に、玉井に個人としての夢を聞いた。

「アーリーステージのスタートアップに、もっと優秀な人が集まる仕組みを作ることで、社会がもっと良くなるんじゃないかなと思っています。そもそも、ずっと人の役に立つことが好きだったんですね。僕が起業家になった理由も、人の役に立つことを事業化することで、提供できる価値が最大化できるからなんです。その価値が世界中に行き届きうる場所だから、僕は今アメリカにいます」

デザインで世界に挑む日本人起業家、玉井和佐。玉井は「デザイン」という武器でシリコンバレーの最前線を開拓し、本気で世界に挑み続けている。玉井は、世界を志す日本のデザイナーやスタートアップに道を切り開く、日本のイノベーションの救世主になるかもしれない。

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