Published 19 Aug 2021

【大柴行人】世界最大のVCが投資するハーバード卒の日本人起業家

【大柴行人】世界最大のVCが投資するハーバード卒の日本人起業家

日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。

彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。

世界のイノベーションの震源地、シリコンバレー。スタートアップやテクノロジーに精通している者であれば一度は憧れる聖地である。GoogleやAppleもこの地から生まれた。そんなシリコンバレーに挑む日本人がいる。彼の名は、大柴行人

大柴は、「Robust Intelligence(ロバスト・インテリジェンス)」を運営する会社の共同創業者である。Robust Intelligenceは、アメリカのサンフランシスコを拠点に活動する、AIの安全性を保障するソフトウエアを開発するスタートアップだ。大柴は、国内外でキャリアを歩んだ後、ハーバード大学在学中に当時の指導教授と共同で同社を創業し、世界最大のベンチャーキャピタル(以下、VC)こと「Sequoia Capital」から出資を受けた。そんな世界が投資家が注目する大柴にインタビューを試みた。「Zypsy」の代表の玉井和佐にご紹介いただき、2021年8月にオンラインで実施。

(画像:大柴)

大柴行人という男

大柴は、1995年、国会図書館で働く公務員の父と商店で働く母の元、埼玉の浦和で生まれた。小学3年生のタイミングで、父の出張の関係でカナダのモントリオールに移住。フランス文化が根強く残り、多様性に富むモントリオールで3年間過ごす中で、大柴の英語力と価値観が磨かれていった。日本の埼玉に戻って地元の中学校に進学した大柴は、干渉しない両親のもとで、ゲームやクイズにのめり込み、のびのびと学生生活を過ごしていた。中学卒業後、大柴は、当時高校生クイズの強豪校として名を揚げていた日本屈指の進学校の開成高校に魅力を感じ、進学を決めた。入学後、クイズ研究部とバトミントン部で1年を過ごした後、2年生を迎えたタイミングでその後の人生を変えるイベントが訪れた。

英語で行われるディベートの大会が、開成高校でGW(ゴールデンウィーク)に開催を予定されていた。3人のチーム制の当大会に、大柴の友人が参加を申請するにあたり、帰国子女だった大柴に白羽の矢が立ったのだ。参加した大柴は、主催者のアメリカ人から、6月にタイのバンコクで開催される世界大会に誘いを受けた。大柴らは、練習と準備を重ねて本番に挑んだものの、3戦3敗で惨敗し、「世界にはこういう人がいるのか」という思いとともに、強いショックを覚えたという。

大柴は帰国後、「このまま日本にいてはいけないんじゃないか」というもやもや感を持って夏休みを過ごす中で、「HLAB」というハーバード大学の学生が日本に来てサマーキャンプを実施するイベントに参加した。大柴は、ハーバードの学生はもとより、トロント大学やプリンストン大学に通う運営の日本人の先輩を見て、「海外の大学」という選択肢に気付かされ、日本の外を向いて受験を志すようになった。イェール大学、ハーバード大学、プリンストン大学に出願し、全校から合格を通知された大柴は、学費が安いこととリソースが多いことから、ハーバード大学に進学を決めた。

大学に進学し、3ヶ月の夏休みの中で日本に帰省した大柴は、日本屈指のベンチャーキャピタルとして著名な「East Ventures」の代表を務める松山大河と出会ったことで、インターンとして同社に参加し、スタートアップの世界に入っていった。大柴は、高校在学中に参加した起業コンテストをきっかけに、「スタートアップ」に関心を持ったという。その後、入学から2年を経たタイミングで、大学を休学し、「QuantCo」というAIのコンサルティングを行うスタートアップにインターンとして参加した。同社が日本進出のために日本支社を立ち上げるにあたり、ハーバード大学で統計学や計量経済学を学ぶ日本人の大柴に声がかかったのだ。大柴が20歳の時だった。

同じくハーバード大学の数学科を卒業して2社の起業を経て参加するプロフェッショナルと、同大学のビジネススクールでマーケティングのPhD(博士)を取って参加するプロフェッショナルと、3人で日本支社の立ち上げに従事する中で、彼らの技術力に刺激を受けた大柴は、「大学で研究したい」という想いに駆られ、1年の休学から戻り、3年生と4年生の期間をコンピューターサイエンスの研究に費やした。

Robust Intelligenceの誕生

研究に没頭する中で大柴は、3年時の春に1人の指導教授と出会った。後の共同創業者となる、AIセキュリティ研究の第一人者のヤロン・シンガーだ。研究内容や人柄がフィットし、仲が深まっていった2人は、AIの安全性を保障するソフトウエアを開発する「Robust Intelligence」を共同で創業するに至った。2019年のことだった。大柴は立ち上げの背景について以下のように語る。


(画像:左、大柴。右、ヤロン)

「研究のゴールは、論文を沢山書いて、引用数を稼いだり、賞を取ったりすることです。研究を通して技術を極めることも楽しかったのですが、私もヤロンも『もっと社会実装したいよね』っていう話をしていました。その中で、自分たちが研究のテーマとしていた『AIのリスク』が、今後産業で問題になってくると思ったので、そのギャップを埋めれたら、テーマとしても面白いし、世の中のためにもなるし、会社として良い市場の波に乗れるのではないかという背景のもと、今の事業に収束しました」

創業からの1年は、PMF(Product Market Fit)を達成するために、デモやプロトタイプを作ってプロダクトを模索した。プロダクトを模索する中で、エンジニア向けのスタートアップに投資をするVC「Engineering Capital」から、出資を打診された後、同VCのパートナーから、ビル・コフランを紹介された。コフランは、自身で起業した後、ベル研究所の所長やGoogleのエンジニアのトップとして活躍し、現在はトップティアVC「Sequoia Capital(以下、セコイア)」のパートナーを務める、スタートアップ界の大御所だ。同氏に対してピッチした大柴らは、プロダクトもなくデッキしかない状態だったものの、そのアイデアとチームが高く評価され、見事セコイアからシードで約3億円の投資が決まった。


(画像:ビル・コフラン。セコイア公式サイトより)

セコイアは、世界中のスタートアップから熱烈な視線を浴びる言わずと知れた世界最大のVCであり、ここ日本でも世界を狙う起業家であれば一度は夢見る資金源だ。大柴らは、2020年3月に約10億円の資金調達を実施してシリーズAを終え、同年5月にセコイア含む世界の最先端の人材と資金が集まるシリコンバレーに移住した。セコイアとの関係に関して、大柴に聞いた。

「基本的にはハンズオフで、温かく見守ってくれています。自分たちの方針に反対することもなく、助言して背中を押してくれるスタンスなので感謝しています。採用に関しても、セコイア自体のブランドに加えて、彼らが人材のネットワークを持っているので、採用に苦労する創業期に人材を紹介してもらったことは、ありがたかったです」

AIで世界に

Robust Intelligenceは、2年目のプロダクトを作って磨くフェーズを終えて3年目を迎える現在、作ったプロダクトを伸ばす、いわゆるグロースのフェーズに差し掛かっている。顧客はアメリカに留まらず、NTTデータや東京海上ホールディングスとも提携するなど、その勢いは着実に日本にも及び始めている。大柴に、同社の今後の展望について聞いた。

「AIのリスクを発見して取り除くツールとして、AIを自動でテストする『AI Stress Test』と、AIを変なデータから守る『AI Firewall』の2つのプロダクトを開発しているのですが、だんだんセールスのパイプラインができてきたので、それらをスケールさせることが当面の目標です。今後のロングタームのビジョンとしては、2つあります。1つ目は、AIとはいっても色々な種類があるので、数カ月後には画像のデータや自然言語のデータをサポートしたり、今あるサービスの提供するタイプの多様性を増やし、かつサービス提供の基盤となるソフトウェアの部分も増やしていきます。2つ目は、ソフトウェア同様にAIも、開発のライフサイクルの全てにおいてリスクが存在するので、リスクを検知して除去するプロダクトをローンチして、既存のプロダクトと同じプラットフォーム上で一気通貫して行える世界観を目指しています」

大柴いわく、ソフトウェアのリスクを管理する「Datadog」は、時価総額が35ビリオンを超えており、世界中の人が使うコミュニケーションツールの「Slack」の1.5倍の評価を受けている(2021年現在)。その他、同様のサービスで数社が上場している。つまるところ、Robust Intelligenceは、AI版のそれなのだ。

世界最大のVCが投資するハーバード卒の日本人起業家、大柴行人。スタンフォードの大学院やGoogleのAIの研究所からオファーを受ける中で、起業という選択に着地した大柴は、その本物の技術と情熱をスタートアップという形に変え、今たしかに世界に新たな価値(知)を生んでいる。その功績が認められた大柴は、2020年に孫正義育英財団に財団生として認定された。孫正義は日本と世界の未来を背負っている。大柴もその日が来るかもしれない。


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