日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。
彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。
世界のイノベーションの震源地、シリコンバレー。スタートアップやテクノロジーに精通している者であれば一度は憧れる聖地である。GoogleやAppleもこの地から生まれた。そんなシリコンバレーの第一線で戦う日本人がいる。彼の名は、内藤聡。
内藤は、「Anyplace」を運営する会社の共同創業者およびCEOである。Anyplaceとは、家具付きの部屋やホテルの空き部屋を賃貸利用できるオンラインマーケットプレイスだ。「長期滞在型版Airbnb」と言ってもいいかもしれない。Anyplaceは、内藤が2015年に設立し、Uberの初期投資家としても知られるジェイソン・カラカニスらから出資を受けた後、現在までに65カ国170都市(2021年5月時点)までサービスを展開している。シリコンバレーから世界に挑む日本人起業家。そんな内藤にインタビューを試みた。「Dreamers Fund」のパートナーを務める中西武士にご紹介いただき、2021年5月にオンラインで実施。
(画像:内藤。自社物件にて)
内藤聡という男
内藤は1990年に山梨で生まれた。木工機械を販売する事業を営む家庭のもと、ビジネスが身近にある環境で育った。内藤は自身の幼少期を「普通の小中高に通う、普通の子供だった」と言う。内藤は立教大学に入学して2年のタイミングで、人生を変える映画に出会う。『ソーシャル・ネットワーク』だ。Facebookの創業者のマーク・ザッカーバーグの起業ストーリーを描いた映画である。内藤は、年齢もさほど変わらない若者が海の向こうで世界を変えていることに大きく感銘を受け、「シリコンバレーに行きたい」と強く思った。内藤は自身のブログで以下のように振り返る。
内藤は居ても立っていられなくなり、2年後に半年間大学を休学してシリコンバレーに向かった。2013年の当時は、AirbnbやUberが台頭していた時期であった。半年間の語学留学の中で思いが募っていった内藤は、シリコンバレーのスタートアップに関する情報を発信するブログ「シリコンバレーによろしく」を始めた。奇しくもその情報が国内でトップクラスの投資家として名を馳せる松山大河の目に留まり、同氏がパートナーを務めるベンチャーキャピタルのEast Venturesから内藤に声がかかった。内藤は結果的にベンチャーキャピタルのアソシエイトとして投資家サイドからスタートアップの世界にのめり込んでいった。業務で国内の様々な起業家に会う中で「自分でもできる」と内藤は感じた。
2014年の元旦、内藤は大学の卒業式を待たずしてシリコンバレーに向かっていた。前回の語学留学とは異なり今回の目的は「起業」であった。サイバーエージェントや楽天の内定をもらっていた中での挑戦だ。内藤は本気だった。内藤は自身のブログで以下のように語る。
「世界中から潤沢な資金が、スタートアップ投資に集まるという側面もありますが、資金だけに関して言えば、中国やサウジなど、莫大な額が動いている場所は他にもあります。ですが、『次のUberやAirbnbの作り方』という問いに対する知識やそれに答えられる人材が集まる場所は、世界中でここ以外にありません。GoogleやFacebookを作ってきた経験のある人材が、UberやAirbnbを次の世界的なプロダクトにするのを助け、またその人材が、創業、投資、開発、グロース、デザインなど、あらゆる分野を通じて、次のUberやAirbnbを生み出すのを助ける。このサイクルにより生まれた人材の層の厚さと、そこに集積された知識量が他の比ではないと感じました。やはり、世界中で使われるプロダクトを作るならここしかない。そう心に決め、この地での創業を選びました」
シリコンバレーで起業
内藤はシリコンバレーに着くやいなや、シェアハウスの「TechHouse」と、インタビューブログの「TechWatch」を2つの事業を始めた。TechHouseは、内藤自身の安価な住居を確保しながら、日本のスタートアップ関係者にシリコンバレーの窓口として宿を提供する意味合いがあった。結果的に200人以上の人が滞在した。TechWatchに関しては、インタビューを通して現地のネットワークに入り込む試みのもと、100人以上の起業家と投資家に出会った。未だに交流が続く人もいるという。このアイデアの裏側には一人のブレインがいた。Kiyoこと小林清剛だ。連続起業家として知られる小林は、自身の会社をKDDIに15億円で売却した後、内藤が渡米する1カ月前にサンフランシスコに拠点を移していた。そんな小林を内藤は師のように慕い、現地で定期的に事業の相談をしていた。
その後、内藤は様々な事業を手掛けるも失敗が続き、気がつけば2年の歳月が経っていた。内藤は当時の心境を自身のブログで以下のように語る。
「多くのプロダクトを試してきましたが、自分自身が心から信じられるものは中々見つかりませんでした。自分が心から信じられるプロダクトがない期間は、形容し難い苦しさがありました。事業は起業家の存在意義です。野球選手でバッターを名乗っているのに、振るバットがない。そんな状態が続きました。その間は、自分がやっていることを人に話すのがとても恥ずかしく思えました。今は何をしているの?と聞かれても、自分のプロダクトの話をしたくない、自分を騙してまで言えるものがありませんでした。投資家の1人である進太郎さんは、SFを訪れるタイミングで、よく食事に誘ってくださったのですが、僕は会う度に違う事業の話をしていた記憶があります。そんな、見当違いな事業をコロコロと変えている自分が情けなく、もう人に何を話しても信じてくれないのではないかという恐怖さえ感じる日々でした」
路頭に迷う中で、自身のニーズやウォントを深堀りした結果、ある一つの悩みにたどり着いた。引っ越しをする際の悩みだ。そこでたどり着いた事業が、家具付きの部屋やホテルの空き部屋を賃貸利用できるオンラインマーケットプレイス「Anyplace」だった。
(画像:Anyplaceウェブサイト)
以上のように内藤は、数々の挑戦と失敗を経ながらも結果的にAnyplaceに出会い、現在までにシリコンバレーの第一線で日本人の起業家として勇敢に戦い続けている。そんな内藤は「世界的なプロダクトを目指すのであれば、アメリカでやった方が良い」と言う。
世界を変えたければ、日本よりアメリカに
アメリカのプライベートマーケットの強みとして、内藤は「人材」と「資金」を挙げる。人材に関しては、FacebookやGoogleなどの誰もが知るサービスを世界に広めた経験のある人が、転職や起業、投資するなど、経験の循環が起こっている。また、アメリカでは、シリコンバレー内はもとより世界中にネットワークが張り巡らされているため、事業を展開する上でのネットワーク効果が働きやすいという。資金に関しては、PEファンドや上場株式の機関投資家がスタートアップ投資に参入し始めるなど、プライベートマーケットに巨額の資金が集まっている。従って、アメリカのスタートアップは上場前のプライベートの状態で10年や15年以上を掛けて赤字を掘ってリスクを取って世界を狙うことができる。言わずもがな、上場企業は基本的に目先の利益の追求が求められる。
そのような環境の中では投資家も起業家も視座が高い。アメリカではマザーズのような新興企業向けの株式市場がないこともあり、イグジットの話をする人は少ない。アメリカは、世界を目指して長く事業を続ける前提のもと、挑戦と失敗の環境が整備されており、時間がかかってでも2社3社と続ける気概を持った起業家には天国だと内藤は言う。実際に内藤も自身の強みを「バットを振り続けること」と表現する。途方も無い時間と労力がかかるスタートアップに高い視座をもって挑戦し続けるアメリカの起業家の特徴として、「ピュアな人が多い」を内藤は言う。富や名声に対する欲求というよりは、「ピュアにプロダクトが好き」「ピュアに新しいものを作りたい」といった思いを原動力にしている起業家がほとんどだという。
日本人にとってはなおさら、アメリカでの起業はコストもリスクも高い。内藤は、日本から起業家をシリコンバレーに呼んで支援したり、現地で日本人コミュニティを育むなど、日本とシリコンバレーの橋渡しに尽力している。そんな内藤から見て、アメリカで挑戦する日本人の特徴もやはり同様に「ピュアな人」を挙げる。一方で、挑戦を諦める日本人の特徴に関しては、日本で経験を積むことや英語が喋れないことなどを理由に「言い訳をする人」を挙げる。経験に関しては、「日本で蓄えた筋肉がアメリカで活きるとは限らないです。それよりは、今すぐにでもアメリカに来て失敗をしながら学んで成長していくことが一番良いと思います」と内藤は言う。日本人にとっての唯一のディスアドバンテージとして内藤が挙げる英語に関しては、苦労はするが慣れれば問題ないという。英語力ゼロの状態で渡米して会社を経営する内藤の意見には説得力がある。
言語以外において、日本人の起業家としてシリコンバレーで挑戦し続ける内藤にその葛藤や苦悩を聞くと、意外にも「日本人であることはむしろ強みになりうる」という答えが帰ってきた。
(画像:左から内藤聡、長谷川浩之、小林清剛。アメリカにて)
日本人は強み
多様性を尊重する世界的なトレンドの中で、アメリカのアクセラレーターも移民の起業家に対して積極的に門を開いている。マイノリティの日本人も例外ではない。アメリカではコロナも相まって「Asian Hate」が広がりつつも、プライベートマーケットの界隈ではアジア系アメリカ人をはじめ、中国人やインド人が多いこともあり、アジア人に対する差別はほぼ全くないという。実際に、日本人の目立った活躍は乏しいものの、アジア人によるスタートアップの成功事例は近年多発している。内藤がかねてから尊敬の念を抱く中国出身のエリック・ヤンにしても、英語が母国語ではない中で創業したZoomを世界的なサービスに築き上げた。海外では人によってはアジア人を国で区別していないため、起業家としてのアジア人のイメージやプレゼンスが上がれば上がるほど、日本人にとっても有利になる構図になっている。
その上、近年の日本食のブームにも関連して、アメリカでは日本や日本文化に対する好意的な印象を持っている人が多いため、日本人にとっては大きなアドバンテージになるという。「日本のことが好きな人が多いのに、現地に日本人が少ないので『日本から来てるんだ!』って珍しがられます。友達として日本人と仲良くなりたい人も多い。日本人の女性と結婚している有名な投資家もいます」と内藤は言う。その上、日本は国としての認知度が高く、パスポートが強いことなどもあり、日本に対しての信頼がそもそも厚い。
また、日本のようにプライベートマーケットが整備されている国は珍しいため、自国から資金を調達してこれる環境は強みになるという。実際に、Anyplaceに投資をする著名投資家のジェイソン・カラカニスも、内藤いわく「お金を引っ張ってこれることを見せれるのは、こっち(アメリカ)の投資家も安心する」と言う。シリコンバレーでは、世界中から多種多様な起業家が集うために競争率が高い上に、すぐに諦めて帰国する人も少なくないため、日本から来た実績も人脈も乏しい怪しい若者が資金調達をするのは容易ではない。仮に現地で資金調達を実施できたとしても、信用にはなるものの、必ずしもハンズオンがあるわけでない。従って「資金は比較的簡単な日本で調達して本質的な事業に専念した後に、アメリカのアクセラレーターを卒業して現地の投資家に投資してもらうルートが良いと思います」と内藤は言う。
実際にAnyplaceも2020年5月、シリーズAラウンドでGA Technologies、East Ventures、サイバーエージェント、三井住友海上キャピタル、デジタルベースキャピタル、Heart Driven Fund、本田圭佑などの日本の投資家から約5億3000万円の資金調達の実施を発表した。
次なるUberやAirbnbに
Anyplaceは現在(2021年5月)、アメリカを中心に世界の65カ国170都市にまで展開し、文字通り「世界で使われるサービス」になっている。しかし内藤は現状に対して満足していない。「次のUberやAirbnbのになるような、世界中で使われる大きい事業を作ることを人生の目標として目指しているので、まだまだ道のりは長いなっていうのが正直なところです」。しかし、日本という快適な地を越えて、友人もいない言葉も通じない見知らぬ地に飛び込み、こんなにも苦労と苦悩を重ねて、内藤は何を目指しているのであろうか。内藤は2019年、自身のブログで以下のように語っていた。
「なんでもかんでも○○ as a Serviceとくくれば良いといったものではないですが、我々がAnyplaceを通じて実現したい世界を、一言で表すのであれば、まさにハウジングのサービス化です。 今後数年以内に、HaaS (Housing as a Service)の体験をAnyplaceを通じて世界中に広げていくことが、我々の存在意義です。(中略)米国のスタートアップとして、プロダクトを作っていく中で、世界に通用する手応えを感じています。自分の人生を通じて、日本人でも次のAirbnbやUberのような大きな事業が作れることを証明したいです。そして、何より、Anyplaceを通じて、人々がもっと簡単に生活を変えることのできる世界を実現したい。そのために、これからも、日々最善を尽くしていこうと思います」
アメリカで次なるUberやAirbnbを目指す日本人起業家、内藤聡。一人の勇気ある日本人の若者が自国を飛び越えてシリコンバレーから世界に羽ばたき始めている。内藤は単なる便利なサービスを作っているのではない。人類の「新しい生き方」に挑んでいるのだ。