日本は、バブル崩壊後の経済停滞に伴い、ローカルでは数々の社会問題に直面し、グローバルでは存在感や競争力が著しく落ち込んだ。そんな閉塞感が漂う日本に問題意識を抱き、未来を変える勇気と覚悟を持って「世界で戦う知られざる日本人たち」がいる。
彼らは、起業家や投資家である。日本人として、日本企業として、日本を代表する気概を持って、世界のプライベートマーケットの第一線で次なるイノベーションに日々挑戦している。彼ら「世界で戦う知られざる日本人たち」のストーリーやアイデアを学び、日本の起業家や投資家が世界で戦うための手掛かりを追う。
プロのサッカー選手と並行して投資家として活動する本田圭佑。その活動の裏側には一人のブレインがいる。その名も、中西武士。
中西は、2016年に本田の個人資産の運用を任され、「KSK Angel Fund」のパートナーとして本田と共にスタートアップへの投資を始めた。2018年には、人気俳優のウィル・スミスらと共にアメリカのスタートアップに投資する「Dreamers Fund」を創業し、マネージングパートナーとして活動する。世界のプライベートマーケットの第一線で戦いながらも、謎に包まれた日本人投資家。そんな中西にインタビューを試みた。2021年4月にオンラインで実施。
(画像:中西。Zoomにて)
中西武士という男
中西のアイデンティティは日本とアメリカの双方に属する。中西は、父親が三和銀行(現:三菱UFJ銀行)でインターナショナルの業務に従事していた関係で、日米を行き来するバックグランドを持つ。1986年1月に東京で生まれ、1歳でシカゴに移住し、小学3年生の時に東京に戻り、中学1年生からはカリフォルニアを中心にアメリカに定住することになる。その後、サッカー特待推薦でカリフォルニア州立サンマルコス大学に入学。UCLAでファイナンス資格を取得。2019年、リーマンショックの直後で最も厳しい状況の中で大学を卒業。中西は「ショックの中で就職できた人とできなかった人で未だに大きな差が出てしまっています」と言う。
卒業後は、知られていない話だが意外にも、社長からラブコールを受けて大阪の小さな中小企業に就職した。日本の商品を海外に売る会社だ。中西は入社1ヶ月目から海外向けのナチュラルフーズの新商品を任せられた。中西は入社した理由を「日本と海外を繋ぐ、橋渡しがしたかった」と言う。この思いは現在までに一貫して続く中西のコアな理念になっている。
一方で、かねてから投資に関心が向いていた中西は、空いた時間でウォーレン・バフェットやヘッジファンドの本を読み漁り、当時アメリカのヘッジファンドに勤める仲の良い友人の通勤時間を狙って、質問をまとめて投げかけていたという。質問が2年ほど続く中で痺れを切らしたその友人が中西を勤め先に誘った。結果的に無給のインターンシップという形で、中西は投資の世界に踏み込んだ。
中西の投資への関心は、銀行員の父親の影響があったという。中西は幼少期、ロサンゼルスにてある日本の銀行の頭取が日本人向けに開催していた家族を連れ添うパーティーに父親とともに参加した。床を見渡せば辺り一面が白い絨毯で覆われ、後ろを振り返ればゴルフ場があるような別次元の家に圧倒された。子供たちが遊んでいる横で、大人たちは「世界」の話をしていた。その会話を聞いた中西は「ここから世界を変えている」と感じ、金融に強く憧れを持った。
念願の投資の世界に入った中西は、ファンドに投資するファンドオブファンズの投資家として、株式・債権からコモディティ、PE(プラベートエクイティ)まで様々なアセットクラスの投資を経験した上で、投資の世界でも最い難易度の高いクオンツのヘッジファンドに挑戦した。投資の世界に入って数年間、稀に見る日本人の投資家としてアメリカでバイサイドに従事していた中西は、「日本人が世界でナンバーワンの投資ができる環境を作るためにも、ファミリーオフィスの投資の仕方を日本に持っていきたい」という思いを抱くようになっていた。そんな中、中西はある男に出会った。この出会いがその後の中西の人生を一変することになる。
(画像:KSK Angel Fundウェブサイト)
本田圭佑との出会い
その男こそ、本田圭佑だ。2014年のブラジルW杯の後、本田の兄の紹介でロサンゼルスにて2人は初対面を果たす。年齢も考えも近い彼らはすぐに意気投合し、2年後の2016年、中西が本田の個人資産を運用することになった。ただ、スポーツ選手は比較的にキャリアが短く、資産運用においては理想のパートナーとは言い難い。様々なキャリアの方向性や選択肢がある中で、本田とのパートナーシップを決意した理由を中西は以下のように振り返る。
「当時はスポーツ選手と仕事の機会があるとは思っていなかったのですが、圭佑に会って話して、彼のキャラクターとかセンスとか、何よりも大きいビジョンに惹かれました。圭佑と一緒にやったら、自分がやれること以上に大きいことができる。そう思いました。もう一つは、それまで日本人と一緒に仕事をしたことがほとんどなかったこともあって、日本人・アジア人として一緒に世界を変えられることにも魅力を感じました」
一方で、本田が国内外に様々なネットワークがある中で中西をパートナーとして選んだことに対して、中西は「なんでだろう」と悩みながらもある傾向を指摘する。「圭佑は人とは違う視点で人を見る能力があると思います。誰かに何かを任せる時に、ピカピカにできあがっている人を選ぶというよりは、メンターとしてポテンシャルを引き出す傾向があります。おそらく自分もそのうちの一人だったんじゃないかな。この傾向は投資先の起業家に対しても同様です」。本田は度々漫画『ONE PIECE』を例えに出し、同じ船に乗って冒険する仲間としてパートナーを見ていると中西は言う。
その上で、2人は、本田のサッカー選手としての影響力や信用を通して彼のビジョンを実現するためのディスカッションを重ねた結果、アーリーステージのスタートアップに投資することに最適解を見出し、経験も人脈も乏しい中でゼロからのエンジェル投資が始まった。
その後、中西と本田は、名前の「圭佑」を「KSK」として冠にしたファンド「KSK Angel Fund」を組成し、現在までに50社以上のスタートアップに投資をしている。2019年には、初期から投資をしていた国内最大級のクラウドファンディングサービス「Makuake」を運営するマクアケが上場を果たした。そんな本田と中西だが、もとより世界基準のビジョンを持つ彼らは、日本にとどまらず、世界のイノベーションの震源地であるアメリカのスタートアップへの投資機会を探っていた。しかし、日本と同様、アメリカのアーリーステージのスタートアップは、エンジェル投資家を中心にインナーサークルが形成されており、日本からは優良案件に到底アクセスできない。その解決策が「Dreamers Fund」だった。
Dreamersの結成
本田と中西が約2年ほどかけてアメリカのスタートアップへのアクセスを模索する中、かねてからの中西の友人である矢田公作の存在が2人に道を切り開いた。矢田は、アメリカ出身の日系4世。ハーバード大学を卒業後、北海道でプロのバスケットボール選手として約2年間活動した後、ビジネスの世界に。矢田は単なる文武両道をこなすアメリカの典型的なエリートではない。ミュージシャンや俳優として世界で活躍する大スターのビジネスパートナーであった。ご察しの通りそのパートナーこそ、ウィル・スミスだ。矢田は、東京でスミスで出会い、その後、スミスのファミリーオフィスのCEOを務めるまでになる。そんな矢田と中西が知り合いだったことで話が始まり、2017年の6月にロサンゼルスで本田とスミスを交えた4人での初対面の会合がセッティングされた。翌年の7月18日、彼ら4人の名とともに「Dreamers Fund」の立ち上げが報じられた。
(画像:Dreamersウェブサイト)
Dreamers Fundは、ベンチャーキャピタルとして、野村ホールディングス、電通、資生堂などの日本の投資家や企業から資金を集め、アメリカを中心に創業したての有力スタートアップに投資している。世界のプライベートマーケットの第一線に集うスタートアップの情報・人脈・案件へのアクセスを日本企業に提供する橋渡しとしての役割が、当ファンドの主な目的と価値である。スミスのような豊富な人脈とお金がある世界的スターが、ある種の「ジャパニーズチーム」とあえて手を組んだ理由に対して中西は以下のように見解を話す。
「圭佑もそうなんですけど、ウィルのような人はお金ではなかなか動ないんです。じゃあ何かと言ったら、ビジョン。初対面で全員で話した時にもビジネスの話はしませんでした。根本的に自分とはどういう人間か、どういうミッションやビジョンを持っているか、コアとして何を信じているか。圭佑の『貧困をなくしたい』という思いに対して、ウィルも同じ思いを持っていました。その上で次に話したのは、日本という国について。イノベーションが失われ、衰退し始めてる危機的な状況であると。そのメインの理由が、最先端のイノベーションの情報やアクセスがないこと。アメリカの中でマイノリティとして這い上がったウィルは、マイノリティ全体に対して強い想いや大きいビジョンを持っていたので、マイノリティである日本人に対して『手伝いたい』と言ってくれました」
Dreamers Fundは、日本でも話題の音声SNS「Clubhouse」を始め、イーロン・マスクが手掛ける「The Boring Company」と「Neuralink」など、現在までに60社以上のスタートアップに投資をしている。KSK Angel Fundの50社以上の投資と合わせて計100社以上に投資する中で、両国の様々な起業家を見てきた中西に、日本とアメリカの違いを聞いた。
日本とアメリカの違い
日米の一番の違いは、前提として「教育」だという。アメリカでは、子供の頃から誰でも大統領や世界一の何者かになれると思うような教育を受ける。いわゆる「アメリカンドリーム」の価値観が刷り込まれている。中西自身も母親いわく子供の頃に、アメリカの国籍を持っていないにも関わらず「大統領になる」と語っていたという。その前提の上でのアメリカの強みは、「成功例」と「資金力」だと中西は言う。アメリカでは世界で成功することがネットワークの中で当たり前にあり、成功例と資金力が集いやすい。アメリカに対して、日本のプライベートマーケット及びスタートアップの課題として、中西は次の3点を指摘する。資金力が足りない、失敗できる環境が整っていない、IPOに焦っている(プライベートマーケットが小さい)。
日米の起業家の違いに関しては「ビジョンの大きさ」だと中西は言う。アメリカの起業家が世界や地球を前提に大きすぎるほどのビジョンを掲げる一方で、日本の起業家はコンサーバティブで世界を想定して会社を作っていないために国内に留まってしまっていると中西は悔やむ。その上で、山田進太朗(Mercari CEO)や福山太郎(Fond CEO)、内藤聡(Anyplace CEO)などのアメリカの第一線で挑戦している日本人起業家について、「失敗を恐れずにチャレンジする精神が飛び抜けていると思います」と敬意を表する。
「留学でも旅行でも、まずは外に出てみることが大事だと思います。みんな同じ人間だと気付きます。日本人は、アメリカを遠い存在や大きい存在として見すぎてしまっているのかもしれないです。外に出てみると、日本人としてのプライドであったり日本の強みを認識することきっかけにもなると思います」と中西は語る。中西自身もアメリカでスポーツやビジネスに向き合う中で感じた日本人・アジア人としての劣等感や自尊心が、現在までに続く原動力になっていると話す。その上で、アメリカから日本を見続ける中西は、協調や道徳などの「和」の教育を重視する日本ならではのリーダーシップやチームワークによるイノベーションに大きなポテンシャルを見込んでいる。例えば、地震や戦争など、何か起きた時の日本の強さは唯一無二だという。アメリカでは時として「個」が強すぎることが弊害になる。
日米で生まれ育ち、両国に股をかけたビジネスに向き合う中西だからこそ見える本質的かつ現実的な日本と日本人に対する課題と魅力が垣間見えた。最後に、自身の理念と展望について語ってもらった。
日本をイノベーション大国に
「やっぱり日本をもう一度イノベーション大国にしたい、世界をリードしていく国にしたいっていうのは強く思っています。それに対して自分なりに貢献する方法の一つの答えが『Dreamers』です。日本の投資家や企業に最先端のイノベーションの情報やアクセスを提供することによって、何か良いきっかけに繋がればいいなと。圭佑と一緒に日本の企業に投資することも、一つの貢献する方法として毎日チャンレンジさせてもらっています。ビジネスサイドで言うと、世界ナンバーワンのオルタナティブの会社を作りたい。具体的な内容に関してはまた今度改めてお話しさせていただきたいのですが、新しいオルタナティブの世界や企業を作っていきたいと思っています」
本田圭佑とウィル・スミスと共に戦う日本人投資家、中西武士。アメリカに在住しながらも一貫して「日本を良くしたい」と訴える彼のような武士道を持った日本人がこれからの日本および世界の未来を変えるかもしれない。