Published 09 Nov 2022

【工藤拓人】東南アジアで弁護士として活動するエンジェル投資家

【工藤拓人】東南アジアで弁護士として活動するエンジェル投資家

現代、世の中のあらゆる課題に対して問題意識を抱き、より良い未来のために勇気と覚悟を持って挑戦する者たちがいる。いわゆる「スタートアップ」だ。

そして、スタートアップの裏側には、その誕生と成長を支える個人がいる。いわゆる「エンジェル投資家」だ。彼ら彼女らは、自らの経験と資金をもってして、創業間もない、場合によっては創業前のスタートアップをサポートする「現代版のパトロン」だ。日本のエンジェル投資家は、著名人としてはサッカー選手の本田圭佑などがいるが、まだまだ全体としては謎に包まれている。

そこで、本企画では、知られざるエンジェル投資家を取材し、彼らのバックグラウンドを解き明かしていきたい。今回のゲストは、工藤拓人。

工藤は世界を股にかける弁護士だ。日本と中国で活動した後、ベトナムに拠点を移し、現在は日本からベトナムに進出する企業の法務支援を行っている。工藤は、東南アジアのスタートアップに投資するエンジェル投資家でもある。そんな工藤にオンラインでインタビューを実施した。


工藤は、山形県で生まれ育った。幼少期から知識を深めることに貪欲で、自主的に読書や勉強をする子供だった。負けず嫌いな面もあってか、小学校から高校まで常に成績上位をキープ。工藤は努力を継続する才能の持ち主でもあった。

周りからの信頼は厚く、推薦で選出されて、クラス委員長や副部長を務める工藤。その中で、リーダーとして仲間を導くのではなく、リーダーをサポートしながら仲間を巻き込みながら目標を実現する機会が多かった工藤は、誰かの相談に乗り「支援すること」が得意であり、自分にとっての楽しみだと自覚する。この経験が、工藤の人生形成の起点であった。

工藤は、高校卒業後、地元から近く、トップレベルの学生が集う東北大学法学部に進学する。高校2年次の進路面談で、担任の先生から「工藤は弁護士を目指した方がいい」と背中を押されたことがきっかけだ。

当時、身近に弁護士がいなかったため、そのイメージが湧かなかったが、だからこそ自分が大切な人たちをサポートする可能性を感じ、その道を決意した。大学時代は、休むことなく講義に参加し、余すことなく知識を吸収する。講義後には、バイトに明け暮れる日々を送った。大学3年次には単位を取り終え、4年次にはロースクールに進学するための勉強に時間を費やす。その努力の甲斐あって、希望のロースクールに進学した。

ロースクールでの生活はさらにハードなものであった。朝7時には大学の自習室に入り、講義に参加した後、そこから追い込みをかけ、深夜24時まで自習室に籠るという生活を毎日繰り返す。さらに、ロースクールに通う傍ら、弁護士事務所のインターンにも参加する意欲を見せた。工藤は当時を振り返り、こう語る。


「勉強すれば、弁護士になる上で必要な知識は増えていきます。しかし、実務経験を積んだことがなく、鮮明なビジョンが見えなかったので、今後の活動について明確に考える機会にしようと、実際に弁護士事務所でインターンシップに参加しました。インターンシップは、弁護士が働く姿をすぐ近くで勉強できる貴重な体験でした。大小さまざまな事案を肌で感じ、特に外資系企業の法務は、ダイナミックかつ複雑に絡み合う要素が多く、やりがいを感じました。弁護士の道を進むなら、海外と関わるような仕事をしていきたいと思いました。」


ロースクールを卒業後、工藤は、弁護士事務所での貴重な経験を糧に、無事弁護士資格を取得した。就職活動では、海外案件に強い弁護士事務所にいくつか内定をもらう中で、弁護士として早期から大きな仕事を担当し、最短最速で活躍できる環境に身を置きたいと考えた工藤。そこで、当時中国案件を中心に海外業務で急成長していた弁護士法人キャストに入社した。

入社後、大阪支部で全身全霊で多くの業務に携わった。ある時、その努力に報いるように、中国事務所で働けるチャンスが訪れた。英語も中国語も流暢に話せるわけではなかったが、持ち前の負けず嫌いな性格により、弁護士としてのさらなる活躍のために中国移住を決意する。

中国で弁護士として多くの案件に携わる傍ら、中国語を猛勉強した。努力の甲斐あって、中国語もある程度使いこなせるようになり、語学力と比例するように、弁護士としての活動も安定していった。中国での生活にも馴染み、今後の展望に期待を抱くようになった最中、急遽大阪支部への帰国となった。

帰国後、弁護士法人キャストは事業拡大のため、ベトナムに進出していた。大阪支部を拠点に、2週に1度ベトナムに出張して現地の業務を促進する生活を送る。大阪に拠点を移して1年を経たタイミングで、ベトナムへの赴任が決まった。

ベトナム支部は、立ち上がったばかりで、事務所の知名度も実績もほぼ皆無に等しかったため、ゼロから立ち上げる必要があった。弁護士法人の起業に近い状態だ。ベトナム拠点立ち上げを振り返り、工藤は次のように語った。


「ベトナム拠点をほぼゼロから立ち上げることを聞き、自分がそこの支部長として活動していくことに不安と期待がありました。見ず知らずの土地で、人脈もない上に、現地の法律も知らない。既に競合もいる中で、ベトナム拠点を円滑に立ち上げなければならないというプレッシャーは非常に大きく、本当に自分が実現できるか不安がありました。それでも、向上心を持って、なんとか活路を見つけ全力で取り組もうと決心しました。」


ベトナム赴任後、工藤はとにかく手と足を動かした。知り合いの会計事務所に出向いて毎日勉強させてもらう。飲み会に積極的に参加して情報交換をする。セミナーも経験がない中で試行錯誤しながら開催する。沢山の人に会ってネットワークを築いていく。

同時に、ユーザーヒアリングを重ね、市場調査を行いながら、小さい案件を積み上げ、サービスを形にしていった。実績が積み上がると、再び案件が入ってくる好循環が生まれていく。見ず知らずの土地でのその奮闘の日々は、工藤にとってスタートアップのような経験だった。



そんな中で工藤は、現地でスタートアップを立ち上げようとする、若くて優秀な日本人に多く出会った。東南アジアの魅力的なマーケットに展開するため、優秀な起業家が多くベトナムにも進出してきていたのだ。彼らに出会い新しいビジネスの話をすることはとても楽しく、弁護士としても彼らの相談に真摯に何度も向き合った。しかし、工藤は、アジアでの起業家の夢を支援したいという切実な思いがある一方、現実的な時間の確保やスタートアップ側には十分な予算がないという大きな壁に立ち塞がった。

それでも、彼らと並走して彼の夢を共に実現していきたいという思いが途絶えなかった工藤は、「エンジェル投資」を決意した。初期のスタートアップにエンジェル投資家として参画し、会社がある程度の規模にまで成長したら、今度は弁護士として支援するという方法もあると考えたのだ。短期的な利益では考えず、長期的に同じ目線で関係を作って拡大するために支援をしていくこと、それがアジアと日本とが関わりながら成長することの一助になること。そのような活動が自分が最も楽しさを感じることであり、人生をかけてやっていきたいことであると気づいたからでもあった。


工藤は、スタートアップに投資し、その投資先をアジア圏の他の専門家に紹介する中で、彼らの中に自身と同じような課題やニーズを持つ人たちがいた。そこで、アジアのスタートアップを支援する専門家コミュニティとして「Luatsu(ルーツ)」を立ち上げた。

Luatsuは、専門家が、専門的な支援はもちろん、投資や事業の支援ができるようサポートを行なう。現在(2022年10月)までに、既に17人の専門家がメンバーの一員として参画している。Luatsuは、日本のスタートアップに対しても、アジア進出の支援に力を入れており、日本とアジアの架け橋を作っている。海外進出には、会計や法務などの様々な障壁があるからだ。

Luatsuの活動を通してさらに様々なスタートアップと出会い、エンジェル投資を始めてから現在までの3年間で、20社のスタートアップに投資をしている。投資の決め手は、創業者の想いと、アジアで活動していきたいかどうかであり、自身がスタートアップに付加価値を与えられると確信できる場合にのみ投資を行っている。

自らのプロフェッショナルな経験と知識を活かし、エンジェル投資家として、弁護士として、スタートアップを支援する工藤。エンジェル投資家として資金的に支援し、会社の成長に合わせて弁護士として専門的に支援しながら、自らの専門家のネットワークを繋いで、スタートアップの成長を網羅的に支援していく。工藤の挑戦がアジアの未来を変えるかもしれない。