Published 31 Jan 2024

インタビュー:エネルギー消費の理想を追求。日米通算7年に及ぶ研究の集大成。

インタビュー:エネルギー消費の理想を追求。日米通算7年に及ぶ研究の集大成。

今回インタビューしたのは・・・

CTO
金石大佑

早稲田大学創造理工学部総合機械工学科にて学士号を取得。ヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラム*1にて企業研修後、同大学大学院の総合機械工学専攻へ進学。2014年に修士号を取得、並びに技術経営リーダー専修コースを修了。その後、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)にてアシスト機器の制御に関する研究に従事。2019年に博士号を取得し、帰国後制御エンジニアとしてBionicMへ入社。

*1 ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ・プログラム:EUの学生は日本の企業に、日本の学生はEUの企業で語学研修と企業研修を行うプログラム。


目次

  1. 7年間にも及ぶ身体拡張の研究。そのルーツは「科学寄りの工学」
  2. 博士研究員よりもBionicM。最高のチームの条件とは
  3. 孫代表と想いを重ねるアイデア。理想的なエネルギー消費の形を目指して
  4. 取材後記


7年間にも及ぶ身体拡張の研究。そのルーツは「科学寄りの工学」


―― 早稲田大学をご卒業後、アメリカの名門校UCバークレーで博士号を取得されたとか。これまでの研究内容を教えてください。


早稲田大学では医療福祉ロボットの研究室に所属し、パワードスーツ*2を研究をしようと考えていました。当時はCYBERDYNE社のロボットスーツHALという製品が愛知万博で注目され始めた頃。しかし、研究を進めるにつれて、「高齢者には合わないな」と思いました。高齢者のポテンシャルよりも大きなパワーが出てしまうので、パワードスーツによって身体を無理に動かされて負傷するリスクを感じたのです。*2 パワードスーツ:人体の筋力を増強する、身体装着型のデバイス。高齢者を自然に支援できるものという視点で考え、”つまづき”に着目しました。高齢者は、わずかな段差につまづいて転倒するリスクが高く、転倒して骨折すると、その後の生活の質が大幅に低下してしまいます。そこで、歩行中の転倒事故を未然に防ぐために、軽微な段差があることをユーザに知らせるシステムを考案したのです。当時はつまづきの原因を探るため、モーションキャプチャを利用して動作解析を行いました。ただ学部生1人で進めていたこともあり、プロジェクトは全く進まず…。教授の助言もあって、大学院からはふるえ抑制ロボットの研究プロジェクトに参加させてもらいました。ふるえを抑制する方法はいくつも模索されていますが、このプロジェクトでは外力によって負荷をかけるアプローチを取りました。イメージとしては手回し充電式ラジオ。充電するときに手でレバーを回しますが、くるくるとは回らずにちょっとした負荷(ブレーキ)を感じますよね? これと同様に、ふるえを打ち消すくらいの負荷を身体にかけておけば、それがブレーキとして働いて身体を静止させるのです。もちろん常にブレーキがかかっている状態だと、装着者は身体を動かしにくい。そこで装着者の「身体を動かしたい」という意図を、筋肉から生じる生体信号(筋電)から抽出して、ロボットのブレーキを解除させるようにしたのです。早稲田大学におけるこれらの研究を通じて、生体信号処理を含む動作解析の基礎知識を学びました。



「ふるえ(本態性振戦)抑制ロボット」
(参照:早稲田大学・グローバルロボットアカデミア)


―― 当初から人間の身体を拡張するテーマで研究されていたのですね。渡米後も同じ分野での研究を続けられたのでしょうか?


そうです、修士研究の経験も活かせるということで、装着型ロボットの研究プロジェクトに参加させてもらいました。このプロジェクトで目指したのが、利用シーンごとに装着型ロボットの制御(アシスト)を変えること。アシストが必要なシーンにおいて必要な分だけアシストし、アシストが不要な時は邪魔もしないという発想です。例えば、肘をアシストする装着型ロボットを身に着けて、スーパーへ買い物に行くことを想像してください。行きは何も持たないので、アシストは全く要りません。一方、帰りは重たいレジ袋を持って帰らなければいけない。この状況では、レジ袋を持ち上げる腕をアシストして支えてあげる必要があります。このとき、腕を持ち上げた位置でレジ袋の重さとロボットのアシストが釣り合うように制御できると、装着者の腕の負担を軽減することができます。腕を曲げた位置でキュッと固定されるみたいな感じですね。このような利用シーンの切り替わりを生体信号によって識別し、装着型ロボットで安全にアシストする制御法について研究していました。




プロジェクトでは、ものづくりが得意な先輩が装着型ロボットの設計・開発を主に担当していました。私の役割は、開発されたロボットをどのように制御すれば、方針に即した機能を実現できるか、という問いを考えることでした。つまり、目の前にあるハードウエアをどう制御するか。具象的なロボットを一旦抽象化して数式を用いた言葉で考えてから、再び実世界に落とし込む。こういうアプローチが、個人的にはすごく面白かったし、好きでした。研究以外にもサークル活動として、似たような取り組みをしていました。ある日障害のある学生と出会い、一緒にアシストデバイスを作ろうと意気投合したのです。初めはその学生の希望もあって、本人が装着できるアシストグローブの開発を行いました。開発当初は、手袋をベースにワイヤ駆動させようとしました。しかし基本的には手袋なので、装着者は指を1本ずつ曲げて手袋に入れないと利用できない。そのことに気づかず、アシストグローブのユーザテストを行ってみると、「このデザインじゃ手に障害のある人は自力で着けられないじゃん!」と。アシストを得るためのデバイスなのに、そもそも身に着けるためにもアシストが必要なデザインに違和感を覚えました。そこで、ミトンのように親指以外の指を纏めてスポッと入れられるデザインに変更したのです。ユーザ自身に装着してもらって、本を掴み上げたり、ノブを回してドアを開閉してもらったときはすごく嬉しかったし、良い思い出になりました。


―― 一貫して人体に装着するデバイス・ロボットを研究されてきたんですね。そもそも人間が使う機械、”人間と機械の融合”というものに興味を持った経緯が気になります。


ものづくりは昔から好きでしたが、(人間と機械の融合に興味を持った)きっかけは特にない気がします。強いて言えば、工学よりも科学寄りの考え方が好きだからでしょうか。極論ですが、工学は役に立つモノをつくる学問なので、モノをつくれればいい。一方、科学は既にあるモノを見て理解しようとする学問だと捉えています。この視点でいうと、ロボットは基本的には工学です。「一定のルールの中で」より優れた、より役立つロボットをつくりあげるロボットコンテスト(ロボコン)はその一例と言えます。ただ、自分はひねくれている面があって、一定の条件下でつくれるものを考えるのと並行して、「今のモータでロボットができることの限界はどこか?」とか「どうすれば改良できるのか?」と、つい考えてしまいます(笑)。もともとヒューマノイドロボットや身体を動かすことが好きだったことも相まって、「ロボットよりもはるかに滑らかに歩ける、ヒトの身体の仕組みってどうなっているんだろう?」という科学寄りの考え方に行き着いた。それで、人間と機械の融合・身体拡張というテーマに興味を持ったのかもしれません。あとは、自分が使えないものを研究するのは正直楽しくなかったからですかね(笑)。 「自分が使って楽しいものは、みんなが使っても楽しいだろう」という自己中心的な考えですが、この考え方があったからこそ研究を続けてこられた気がします。今はエンジニアとして、「自分が使いづらいもの、納得できないものは世に送り出さない」と心がけて開発に励んでいます。



余談ですが、BionicMにはSF好き、特に”人間とロボットが共存する世界線”が好きな人が多いんです(笑)。


あと、最近はSFが研究を作ると言われていて、SFで生まれたアイデアが研究テーマになることもあります。逆も然りで、研究で新しいアイディアが生まれてきたら、SFでそれが面白く描かれることもある。高校生の時に早稲田大学を受験するきっかけとなった二足歩行ロボットWABOTも、故加藤一郎教授が鉄腕アトムに影響されて開発されたという逸話があるのです。


博士研究員よりもBionicM。最高のチームの条件とは

―― 博士号を取った後、そのままアカデミアの世界に進むという選択肢もあったのではと思いますが。


日本で修士号を取得した時からアカデミアに残ることは視野に入れていませんでした。早稲田大学のときにお世話になった指導教官が企業出身だったこともあり、「使える製品を創ろう」という視点が私の基軸になっていた気がします。研究しても製品にならなければインパクトは小さいまま。自分の研究テーマであるアシストデバイスは使ってもらってこそ意味があるし、製品化まで持っていくスキルや経験は必要だろうなと感じていました。またアカデミアで研究開発をする場合、スタートは基本的に全部1人になります。資金集めを含め、何から何まで自分でやる必要がある。それに比べて、やりたいことがマッチした企業の研究チームに参加できれば、自分のやりたい分野、つまり制御部分の研究開発に集中できると考えていました。ただ大企業にはあまり魅力を感じていませんでした。それは、ドイツで海外インターンをしていた経験が影響していると思います。学部卒業後、日欧産業協力センター主催の交換プログラム*2を通じて、Continental Automotive GmbHという世界有数の総合自動車部品及びタイヤメーカーで約1年間インターンをする機会を得たのです。当時配属されたのは、自動車部品の設計開発を行う部門でした。そこで感じたのは「研究の方が楽しいな」と。設計開発といえど、製品の型はあらかた決まっていて、自分の手を加える隙間がほとんどない。今思えば、一介の学生、しかも海外インターン生に重要な仕事を任せることはありえないと理解できるんですけどね(笑)。ただ、正直なところ当時の設計業務には興味が湧かず、心の中で「ここの部分のデザインを変えた方が面白そうだな」といった自由な発想や「なぜこの形状で大丈夫なの?」といった疑問を湧き上がらせていました。このインターンを通じ、大企業のように縦割りの組織よりも、もっと自由に動ける環境の方が合っているなと感じたのです。小さな会社であれば率先して動けば自分で色々とできますし、スキルも全般的に学べるので良いなと。


―― アカデミアでもなく、大手企業でもなく、小さな組織への就職を検討されていたのですね。BionicMへはどういう経緯で入社されたのでしょうか?


卒業の目処がついた頃から、次の就職先を探すために国際学会に参加しました。そして2018年夏の国際学会で孫さんの研究をポスター発表で知って、JSK(東大・情報システム工学研究室)では珍しく義足をやっているんだと知りました。研究分野が同じなので、やはり記憶には残っていて。その後暫くして、孫さんが起業するというニュースを偶々見つけました。就職先の候補の一つとして、孫さんに「遊びに行っていいですか?」とSNSでコンタクトしたんです(笑)。 それで日本に一時帰国した2019年4月に再会しました。BionicMの義足作りはこれまで行ってきた研究とかなり結び付いていますし、あとは率直にメンバーに魅力を感じました。スタートアップ経験者で電気周りに強い小笠原さんや、製造・品質管理を長年経験されてきた半澤さん、なにより義足ユーザの孫さんが目の前にいる。ここなら何か面白いものができそうだなと。そして、役割分担として自分が上手く協力できそう、ハマりそうと感じたのです。そして2019年10月に博士課程を卒業し、そのままBionicMへ参画しました。




孫代表と想いを重ねるアイデア。理想的なエネルギー消費の形を目指して


―― 入社後は制御エンジニアリーダーとして活躍されているとお聞きしました。


BionicMにはソフトウェアの開発グループがあり、当時私は制御チーム側のリーダーをしていました。2チームの役割分担を身近なものに例えると、ソフトウェアチームはスマートフォンのOS、制御チームはOS上で動くアプリを開発するようなイメージです。OSだけではスマートフォンはユーザにとって使いづらい製品ですが、特定の目的に特化したアプリを開発することによってユーザが使いやすい製品となり得ます。そこで、ユーザにとって使いやすい義足とは何かを制御エンジニアの目線で考え、それをプログラムに落とし込んでコーディング。仕上がったら、実際のユーザとテストをするという一連の流れを担当していました。


―― 義足作りの面白さは何でしょうか?


個人的には、能動と受動のハイブリッドを実現することによってエネルギー消費を抑えうるところに面白さを感じています。実は私が博士論文で考えていたことと、孫さんが発想していたことの共通点はここにありまして…。例えば装着型ロボットの場合、軍事用途のパワードスーツであれば、大きなバッテリーを積み、気兼ねなく電力を消費することで能動的にアシストをすればいい。しかし日常生活で利用されるのであれば、バッテリーを含め、小型・軽量であることが求められます。そのため、何時間も稼働させるには、エネルギー消費を抑える必要があります。エネルギー消費を抑え、稼働時間を伸ばすためのアイディアの一つがハイブリッドを用いることです。具体的に言うと、階段を登る時などのパワーが必要となる場面では義足が能動的にアシストする。一方で平地を歩く時などのパワーを必要としない場面では受動的なアシストをする。バイオメカニクスの研究で、ヒトの膝関節は歩行においては主にブレーキとして機能することが示唆されています。


歩くとして、まず右足を前に出しますね。そして踵から地面に着き、左足を前に振り出したときに右足のアキレス腱がグーッと伸びる。そして右足が床を離れるときには、つま先を押し出して地面を蹴ります。このとき右足が勢いよく前に送り出されますが、右足の下腿が前に行きすぎないように途中でブレーキをかける必要があります。このとき、膝の周りの筋肉はブレーキをかけるように働きます。この機能を義足に置き換えて考えるとき、冒頭の手回し充電式ラジオの話に繋がっているのです。足が前に出ようとした時にモータ等で相応の負荷をかければブレーキ代わりになる。むしろ足を前に送り出そうとする力でモーターが回り、義足が充電される可能性もある。なので普通に歩く時は電力消費を抑えて、階段を登る時のように必要なときだけエネルギーを消費してアシストするという義足の制御を試行錯誤しながら開発しています。このような発想を基にすでに多くの研究が進められていますが、私の知る範囲では、まだ理論として体系立っているわけではありません。一制御エンジニアとして、ハイブリッド義足によってエネルギー消費を抑えながら、ユーザのモビリティを拡張できることは、BionicMでの義足開発の醍醐味ですね。


―― 前人未踏の挑戦だと思いますが、金石さんたちなら実現できると信じています!本日はありがとうございました。


取材後記

ハイブリッドに懸ける想いの強さ、そしてBionicMでなら実現できるという確信の強さに終始圧倒されたインタビューでした。その背景には、これまで人並ならぬ努力を積み重ねてきた自分への確かな自信と、BionicMメンバーへの揺るぎない信頼があるのだと感じました。ハイブリッドの実現を楽しみにしています!

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