Published 08 Dec 2022

名門高校を中退して起業。Tiger GlobalやY Combinatorも出資する26歳の起業家

名門高校を中退して起業。Tiger GlobalやY Combinatorも出資する26歳の起業家

近年、世界の「開かれた成長センター」としての潜在力が期待され、目覚ましい経済成長を遂げている地域がある。東南アジアだ。総人口は、6億6千万人。世界の8.6%を占め、日本の約5倍以上の規模を誇る。過去10年間でGDPは約3倍に拡大し、その豊富な労働力と急拡大するマーケットに対して、世界中から注目が集まっている。

東南アジアの経済成長を牽引しているのは、新興企業、いわゆる「スタートアップ」だ。スタートアップへの投資額は、過去8年間(2010年〜2018年)で約100倍に増加し、これまでに30社以上のユニコーン企業(推定時価総額10億ドル以上の成長企業)が誕生した。

ここアジアにおいて、シンガポールはイノベーションハブとしての機能を担っている。東南アジア中のスタートアップや、スタートアップに投資を行うベンチャーキャピタルが拠点を持ち、活動している。そんなシンガポールに、「アジアのインフラ」を目指す、弱冠26歳の若き青年がいた。彼の名は、セドリック・チュー(Theodoric Chew)だ。

セドリック氏は、デジタルを活用して総合的なメンタルヘルスケアサービスを提供するスタートアップ「Intellect」の共同創業者および代表取締役CEOである。2019年の創業から現在に至るまで僅か約3年であるが、その実績は目を見張るものがある。既にアジアの20の国と地域で、300万人以上の利用者に対して、14言語に対応してサービスを提供している。

Intellectの今後の更なる成長を期待して資金提供を行う投資家も、ビッグネームが名を連ねている。世界最強のヘッジファンド「Tiger Global」、世界最高峰のアクセラレーター「Y Combinator」、ユニコーン企業の創業者や役員らが参画している。また、日本からもHeadline Asia、JAFCO、MS&ADベンチャーズ、DG Daiwaベンチャーズパーソルホールディングスらが日本進出をサポートしている。
今回は、そんなセドリックにインタビューを実施し、彼の過去を振り返りながら、Intellectの急成長の背景と今後の展望を伺った。


16歳で名門高校を中退、20歳で事業売却

1996年にシンガポールで、4人兄弟の末っ子として生まれたセドリック氏は、子育て熱心な両親のもとで英才教育を受けて育った。歳の離れた兄たちの背中を追いかけ、常日頃から彼らと同じ本を見様見真似で読んでいたセドリック氏は、12歳の時に、大統領や国営企業の経営者を多数輩出する、シンガポール随一の名門中高一貫校「Raffles Institution(RI)」へ進学する。同校は、スポーツや芸術などの学業以外にも力を入れていたが、セドリック氏の夢は、当時からずっと「起業家」だった。

「世界中の人々に影響を与えることができるという意味で、起業家になろうと思ってました。父親はサラリーマンでしたが、沢山の伝記を読むことで様々なロールモデルを参考にしていました」

夢への情熱を胸に、セドリック氏は学業の傍ら、様々なオンラインビジネスに手を出した。大半は失敗に終わるものの、自分のやりたいこと、得意なことが明確になっていった。シンガポール中の秀才らが集う環境で、競争意識を芽生えさせながら努力をしていたセドリック氏であったが、中学から高校へと進学した16歳の時に、人生における大きな決断をした。「高校中退」だ。

世界のエリート大学へのトップの進学率を誇る高校で、周りはケンブリッジやオックスフォードなどの海外大学を目指して勉学に励んでいる中での決断であった。しかし、彼はその意志決定に負い目を感じることは1度も無かった。それは夢を実現するための選択と集中だった。

「起業家に必要なスキルセットを考えた上で、あえて大学進学は選びませんでした。世界で活躍する人の人生は十人十色です。自分は、周りとの違いが出せて心の底から信じれることで勝負したかったんです。スタートアップに挑戦することで多くのことが経験できると思い、興味が湧かない学業は無理にやろうとせず、得意なことを伸ばすことに専念しました」

学校を離れたセドリック氏は、ビジネスにフルコミットする。最初は、インターネットの仕組みを学ぶために、ECサイトやD2Cなどのインターネットビジネスに取り組んだ。数年間かけて試行錯誤を積み重ねる中で、成功の兆しが見えたのは「教育メディア」だった。

セドリック氏は、当時の全財産であった15000ドルを注ぎ込み、レニアル世代が学習できるプラットフォーム「Existgreat」に邁進した。約60人のグローバルな編集チームが執筆した専門性の高いコンテンツが反響を呼び、アメリカのウェブメディア企業が買収に興味を持った。メディアを運営しながらも次の新たな挑戦を模索していた彼は、その提案に合意した。2016年、小さな規模だったというが、見事に事業売却を成功させた。20歳の時だった。

同期が大学で学業に励む中、目に見える成功を収めたセドリック氏だったが、そこに驕りや満足といった感情は微塵もなかった。それどころか、彼は起業家としてのスキル不足を感じていた。そこで、次は、事業を生み出す「ファウンダー」ではなく、事業を推進する「オペレーター」としての経験を身につけるべく、従業員としてスタートアップへの参画を決めた。2017年、21歳のセドリック氏は、楽天が運営するオンライン旅行予約サイト「Voyagin」で、コンテンツマーケティング責任者として、約1年間、ビジネスグロースの経験を積んだ。

(画像:セドリック、コンテンツマーケティング責任者として勤務したVoyageオフィスにて)

2018年、22歳になると、ロンドン発の起業家養成スクール「Entrepreneur first」で、グローバルデジタルリードとして、約1年間、起業家支援に尽力した。売却後の約2年間で、事業の推進に奮闘したセドリック氏は、2019年、23歳の時に、2度目のスタートアップの立ち上げに挑戦する。


メンタルヘルスに向き合うスタートアップを創業

2019年末、新たに創業したスタートアップ「Intellect」は、メンタルヘルスの問題を解決する会社だ。メンタルヘルスは、セドリック氏自身が人生を通じて直面してきた課題、いわば「パーソナルジャーニー」だった。セドリック氏は、幼少期からの不安障害や16歳で患ったパニック障害を解消するために、長年、セラピストの元に通っていた。彼の両親は状況を理解し協力してくれたが、周りの友人には、サポートを受けたくてもその方法を知らない人も多くいた。

(画像:セドリック氏、Intellectのシンガポール本社のオフィスにて)

セドリック氏が抱いた「メンタルヘルスの問題は、脅威的で奇妙な病気ではなく、全ての人間が、大小に関わらず持ち合わせているもの」という気持ちが、この会社を始めたきっかけであった。会社の設立直後、セドリック氏は1つのことに徹底的にコミットした。「課題を突き止める」ことだ。これは、彼が最初の起業時に数々の失敗を通じて学んだ、最大の教訓であった。

「アイデアを先行させて、質の高いプロダクトを作ってローンチしても、誰も使ってくれなかったら意味がありません。これを理解せずに、今までに沢山の失敗をしました。1番大事なのは、『どんな課題があって、それに共感する人々は誰か』を明確に知ることです」

セドリック氏は、最初の数ヶ月で、メンタルヘルスに悩みを抱える人々、HRのプロフェッショナル、心理学者らとの対話や、Web調査を通して。何度もヒアリングを行った。セドリック氏は、これまでのマーケティング経験を活かして、ランディングページを作成し、異なる課題に対する関心の度合いを調べ、最終的に、2000以上の登録と400名以上からの回答を獲得した。

その結果、大半の人にとって「どう治療をスタートしていいか分からない」が1番の課題になっていたことが浮き彫りとなった。そこで、全てのメンタルヘルスケアサポートにアクセスする最初の窓口となるサービスを作ろうと決心を固め、CTO(最高技術責任者)と2人で開発を進め、2020年の4月に、β版のプロダクトを公開した。

その公開と同時に、セドリック氏は会社を急成長するための資金を集めるべく、資金調達を始めた。これは、奇しくも新型コロナウイルスの世界的な拡大とタイミングと重なり、初期の活動は難航した。

「パンデミックの発生によって、投資家は『今何が起きているか』を把握する必要がありました。そのため、新規の投資よりも現状の観察に時間を割いていました。また、メンタルヘルスは、新興市場なので、東南アジアには業界経験を持った投資家がほとんどいませんでした」

情勢的にも領域的にも、ハードな状況下であったが、セドリック氏は投資家との対話を継続した。沢山の投資家にアタックするうちに、東南アジアのトップファンドの一つ「Insignia Ventures Partners」が初めて興味を示し、投資を決めた。資金調達の開始から約半年後の2020年半ばのことだった。1件決まると、新たな投資が続々と決まった。これは、「シンガポールの成熟したスタートアップエコシステムの恩恵」だとセドリック氏は言う。

「シンガポールには、投資家が新しい投資家を紹介する仕組みと文化があるので、最初から繋がりを持っていなくても、次々と素晴らしい人たちを迎え入れることができました」

その後、2020年内に最初の資金調達ラウンドを終えて、2021年に、既存の投資家からの紹介で、世界最高のアクセラレーター「Y Combinator」に参加することで、グローバルでの投資機会とプレゼンスを獲得した。これが、2022年、世界最強のヘッジファンド「Tiger Global」や日本の投資家からの資金調達に繋がった。

Intellectのサービスの利用者は、2022年12月現在、300万人を突破している。1年毎に平均100万人の増加という驚異的な伸びを計測しているが、2019年のプロダクト公開時は、小さな流入ばかりでタフな期間であったという。この時、セドリック氏が意識していたのは、「初期ユーザーの満足度を徹底的に高めること」だった。

「最初に利用してくれているユーザーの満足度を改善することに取り組みました。そうすることで、彼らが新しい友達を連れてきたり、企業に紹介してくれたりして、リファラルで成長していくメカニズムが生まれていきました」

個人の利用者だけでなく、法人向けに福利厚生の一環としてサービスの拡大も進めている。

既に、Grab社やShopee社などの東南アジアを代表するスタートアップ企業や、Singtel社やPhilips社などの大企業が、Intellectを導入している。

「多国籍企業を中心に素晴らしいコーポレートクライアントがいます。ポイントは、ユーザーのニーズを捉えた強いプロダクトがあること、そして何より、マーケティングとビジネスを遂行している素晴らしいグローバルチームを構築できていることだと思います。」

(画像:Intellectのリーダーシップチーム、2022年12月撮影)

また、セドリック氏は、Intellectを通じて、アジアの病院、大学、保健会社などの様々な機関とパートナーシップを推し進めている。その必要性について、彼は以下のように語る。「メンタルヘルスケア市場の成長は、Intellectのみではなく、多様なプレイヤーが共存する1つのエコシステムによって行われると思っています。その中で、私たちの役割は、彼らにテクノロジーとプラットフォームを提供していくこと。Day1から意識しているのは、より遠くの人々に届けるためには、パートナーシップを通じて、エコシステム全体をレバレッジさせていくことです」


「日本は魅力的な市場、アジアのヘルスケアエコシステムを目指す。」

セドリック氏がIntellectで目指すのは「アジアのメンタルヘルスケアシステム」になることだ。

「Intellectを使うことで、誰でも、簡単にヘルスケアにアクセスできるようにしたいです。長期的に見ると、メンタルヘルスケアのムーブメントは、アジアと世界において、まだ始まったばかりだと信じています。マーケット自体がまだ完全にアーリーステージ。だから、小さなエグジットは考えていませんし、アジア全体を変化させていきたいと考えています」

アジアという壮大な目標に掲げるセドリック氏だが、日本に対しての思い入れも強い。2022年8月には、自ら日本に足を運んで、日本法人「Intellect Japan」を設立した。現在、投資家の紹介や採用活動を通じて出会った、6名のチームが日本での事業展開に奮闘している。

「日本は、個人的に、食・人々・景色が最高なので、大好きな国です。ビジネスとしては、とても魅力的な市場です。今のメンバーは、日本でのメンタルヘルスの必要性とビジョンに共感し、Intellectが作っているものが大きな変化を起こせると信じてくれています。仕事の域を超えてメンタルヘルスにパッションを持って取り組んでくれるメンバーがいることが強みだと思っています。既に設立後の数ヶ月で面白いモメンタムが見えてきています。今後もより多くの企業、投資家、政府、人々を対話をしていき、新たなパートナーを見つけていきたいです」

(画像:Intellect Japanのチームメンバー、Intellect公式ウェブサイトより)

世界に影響を与える起業家を夢見て、名門校を飛び出し、シンガポールからアジアのマーケットを目指すセドリック氏。彼の努力を惜しまない直向きな姿勢と、リスクを取って大きな課題に挑むチャレンジ精神が、私たちのメンタルヘルスの未来を変えるかもしれない。

出演:セドリック・チュー
https://protocol.ooo/users/theodoric-chew

企画・取材・執筆:金子宙央
https://protocol.ooo/users/leonkaneko

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